初陣前夜

澄み切った紺碧の空に、丸い月が浮かぶ夜。
揺れ動く橙の灯火に照らされながら珠鶴は愛刀を和紙でさっと拭いた。
「……珠鶴、まだ、起きて、います……か?」
障子に灰色の人影が映り、か細い声が珠鶴の耳に届く。
「はい、母様。」
顔を向けずに短く言うと、すっと障子が開き、心配顔の白華が入ってきた。
「珠鶴……。」
背を向けて白刃を見つめる娘の後ろに静かに座る。
「本当に、行く……の、ですか?」
「はい。」
「……危険、なのです、よ。」
白華がそっと珠鶴の肩に手を置くと、ようやく珠鶴が刀を置いて振り返った。
肩に置かれた白い手を優しく握り、珠鶴はまっすぐ母を見つめる。
「母様、これは私の決めた道です。」
「……珠鶴……。」
「それに、鷺継を戦地に行かせないようにするためには早く戦を終わらせないといけませんからね。」
に、珠鶴は茶目っぽく言った。
小さな歳の離れた病弱な弟が「ボクも、あねさまと一緒にたたかう!」と縋り付いてきた昼間を思い出しながら珠鶴は唇をきゅっと結ぶ。
「父様と戦を終わらせてみせますから。」
にっこりとほほ笑む娘に、白華は息を吐いて肩を下ろす。
「……分かり、ました。」
母の許可に珠鶴は軽く頭を垂れた。
「なら、一つだけ……お守りを、あげましょう。」
「お守り……?」
軽く首を傾げる娘に微笑みながら頷く。
「はい。……なにが、いい、でしょう、か……。」
唇に指先を当てて考える母親を珠鶴はじっと見つめる。
視線の先は白華の耳で揺れる紅い雫型の耳飾だった。
「かあ、さま……。」
戸惑いながらも視線を外さずに声を出すと、白華が「はい。」と娘を見る。
「もし、よければ……母様の耳飾りの片方が、ほしい、です。」
少し視線を外して照れくさそうに言う珠鶴に、白華は優しい笑みを向けた。
「かまいま、せんよ。……用意を、してきます、ね。」
耳飾りを揺らしながら立ち上がり静かに部屋を出る。
しばらくすると、針と水、布や氷などを持って戻ってきた。
「着けて、あげます、から……こちらへ。」
ちょいちょいと手招きをする母親に素直に従い珠鶴が移動する。
「少し、痛い、ですよ?」
氷を珠鶴の耳たぶに当てながら言うと、珠鶴がくすっと笑った。
「これくらいで痛がっていては戦場に行けませんよ。」
「そうですね。」
つられて白華も小さな笑い声を零す。
「……では。」
冷たくなった耳たぶにそっと針を突き刺し、穴を開ける。
「……っ。」
開けたばかりの穴から流れる赤い血を布で拭き、自分の左耳に着けていた雫を外す。
灯火にかざし、簡単な熱消毒を済ますと、そっと娘の耳を飾った。
「できました、よ。」
「……。」
持ってきた鏡を見せると、珠鶴の左耳にはたしかに紅い雫が揺れていた。
「痛く、ないですか?」
「平気です。」
満足げに笑う娘を見て、白華が優しく頭を撫でる。
「母様、ありがとうございます。」
「いえ、とても似合っていますよ。」
障子からうっすらと入ってきていた月明かりに二つの紅い雫が揺れた。
「私、絶対に父様と帰ってきますから。」
「はい。約束ですよ。」
差し出された白く長い小指に、珠鶴も自分の節の高くなった小指を絡める。
「はい。約束、します。」
きゅっと絡めた指に力を入れてから離すと、二人とも自然と笑みが零れた。
「では、もう寝ましょうか。邪魔して、すいません、でした。」
「いえ、ありがとうございました。」
立ち上がろうとする白華に珠鶴が付き添う。
「おやすみなさい、珠鶴。」
「おやすみなさい、母様。」
障子を静かに開けて出ていく母親に、珠鶴は軽く頭を下げた。
それから、布団を敷いて床につく。
左耳はまだ少し、じん、とした痛みが残っていた。
珠鶴はそっと痛みの残る耳に触れて、満足そうに笑うと、目を閉じて眠りについた。


back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -