夏の夕暮れ

昼間の刺すような日差しがようやく落ち着いた。
陽が傾くにつれてじっとりとした暑さは消えていき、代わりに心地よい風が頬を撫でる。
風情あるヒグラシの声がよりいっそう涼しさを感じさせた。
縁側に寝ころび、物悲しそうな声に耳を澄ませていると、それとは別の音が耳に響いた。
「……なにをしている?」
聞きなれた静かな声に閉じていた目をうっすらと開ける。
ヨウが想像していた通りの人物が怪訝そうな顔で覗き込んでいた。
「んー……。」
返事はせずに少し筋肉質の長い腕を伸ばす。
いつもと違う様子に表情はそのままで、ヨウの手が届く場所にしゃがみこんだ。
日々の鍛練具合が分かるゴツゴツした指が、柔らかな金色の毛に触れる。
「なんだ。」
口調は嫌そうだが、表情は少しくすぐったそうで、そこまで嫌には見えない。
「どうしたんだ、具合でも悪いのか。」
ぎこちなく動く手に焔は抵抗もせずにただしゃがんでぼんやりとした表情のままのヨウを見ていた。
なんども質問を繰り返す焔に、ようやく腕を下ろして焔に背を向けるように横に転がる。
「……甘えたい。」
聞こえるか、聞こえないかの声量。
ヒグラシの合唱が連れ去ってしまいそうなほどの微かな声に、焔の耳がピクッと動いた。
「いつも甘えているだろう。」
「ん、そうなんだけど。」
焔に届いたことに恥ずかしくなったヨウが体を丸めて声を籠らせる。
大きな体を丸めてはいるが、心はまだ幼い少女。
聞いた話では、両親に捨てられ、住んでいた村でも化け物のように扱われていたとか。
妖姫が溢れんばかりの愛を注いでいるが、それだけでは足りない時もあるのだろう。
ふっと、焔が短く息を吐いてその場に腰を下ろす。
焔の手が絹糸のような細い栗色の髪触れると、大きな体はビクッと動いた。
が、その手が頭を優しくなでると、動きは止まり力が抜ける。
「……夕餉の支度をするまでだからな。」
少しずつ、ゆっくりと、穏やかに、緩やかに、赤紫へと衣替えをする空に独り言のように言う。
その返事はなく、代わりにヒグラシが二人を包み込むように声を重ねた。



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