不味いお茶会

床はとても冷たくて、ひんやりとした感覚が這い上がってくる。
寝起きの頭にまで登りつめてきて、視界がはっきりと広がった。
ぺたり、ぺたりと歩く度に、新しいひんやりが足にくっつく。
規則的で穏やかな寝息を耳に入れながら、部屋の扉をそっと閉じた。
行く宛もなく、広い場所でもないから、向かう場所はおのずと決まってくる。
決してその場が好きなわけではない。むしろ、嫌い。
「あら、どうしたの。」
着いた場所には、案の定人影があった。
気配に気付いたようで、その人物は振り返ると口を開いた。
「……別に。何でもないわぁ。」
「眠れないの?」
優しい声が耳に届く。
入り口で立ち止まっていると、椅子を向けられた。
他に行ける場所もないから、仕方なくその誘いを受けことにする。
「アンタは眠らないのぉ?」
椅子に座ると、彼女も向かいの椅子に腰を下ろした。
「まだ寝ないわよ。」
ふふっと微笑むと、彼女は思い出したように立ち上がる。
「この間買ってきてくれたお茶がまだ残っているの。飲む?」
この間……茶葉を買ったのはずいぶん前の気がする。
あまり飲まないのか、それとも大事にしているのか……。
茶葉が古くなっていないといいけれど。
「飲んであげてもいいわよぉ。」
そう返すと彼女は微笑んでお茶の準備を始めた。
透明のポットの中に花が一輪、飴色の海に浮かんでいる。
ゆっくりと開花していく花を見ながら、お茶請けのクッキーをつまんだ。
「アーベントの分も要るかしら?」
二つ並んだカップを見て、彼女が尋ねる。
「ぐっすり眠っていたから要らないと思うわぁ。」
アベンの分ならアタシが淹れるわよ、と内心で思いながらも口には出さない。
花が開ききると、彼女はそっとカップに液体を注いだ。
湯気と共に甘い香りが広がる。
「どうぞ。」
「ありがと。」
口に含むと、熱さが体にじんわりと染み込んでいく。
けれど、味はあまり感じられなかった。
「……やっぱり。」
つい呟くと、彼女は首を傾げる。
「茶葉、悪くなってるわ。」
気付いてなかったのか、目の前の人物はカップの中で揺れる液体を見つめた。
「こういうのは悪くなる前に飲んであげなきゃ。」
「……。」
しゅんとうな垂れた様子になんだか悪いことをした気分になった。
ホントのことを言っただけなのに。
「……なくなったらまた買ってきてあげるわよぉ。」
気まずくて、つい言葉が口をついて出てきてしまった。
するとすぐに、彼女は顔を上げてアタシの顔をまじまじと見つめる。
「な、なによぉ……。」
「まさかモルゲンがそんなことを言ってくれるなんて……。」
「あ、アンタのためじゃないわよぉ!」
なんて失礼な発言! まあ、こんなこと言うつもりじゃなかったから、ホントのことなんだけど!
「アンタとお茶する度に不味いお茶出されたらたまらないじゃなぁい! だからよぉ!」
そう言うと、今度はきょとんとした顔をした。
なんて表情豊かな!
「またお茶してくれるの?」
……しまった。勢いに任せて余計に変なことを言ってしまった。
「……アベンだって飲むかもしれないでしょぉ。アベンに不味いもの飲ませたくないものぉ。」
直視するのがなんだかイヤで、横を向きながら、今度はアタシらしい発言をする。
そうしたら、今度はくすくすと笑い声が聞こえた。
なによ、と目を向けると、彼女が片手を口元に添えて笑っていた。
「ごちそうさま!」
なんだかすごくムシャクシャして、お茶を一気に流し込みテーブルに置いて立ち上がる。
「アタシ、もう寝るから!」
もちろん眠気なんか覚めた。でも、ここにはこれ以上居たくない。
出口へと向かうと「待って。」と静止の声がかかった。
「ありがとう、モルゲン。おやすみなさい。」
振り返ると、微笑んだ綺麗な顔が視界に入る。
バカにしてんのか、バカ正直なのか、なんなのか。
とりあえず、すごくやりにくいし、むしゃくしゃする。
彼女の嬉しそうな笑みでさえ、イラッとくる原因になっている気がする。
「おやすみ。」
移動を再開しながら小さく返し、部屋へと戻る廊下に足を踏み入れた。

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