「バリー、訓練が終わったら銃器の整備をしておけ」
「ああ、わかったよ」
ウェスカーが支持を飛ばす。いつもの光景だ。
だが、そんなウェスカーを見つめるアリスは珍しく眉間に皺を寄せている。
「アリス、どうした?なんかあったか?」
「……うーん、何かあったのかな?」
「おいおい、疲れてるんじゃないのか?」
心配して声を掛けたリチャードは成り立たない会話に苦笑してアリスの頭をガシガシと髪を乱すように撫でた。
「そうね……疲れてるのかもしれない」
ポツリと言うアリスはそれでも視線を一点から外さないため、リチャードは彼女の目を両手で塞いだ。
「変だぞ、お前」
「やっぱり変だと思うよね?」
自分の瞼を覆う手をゆっくりと剥がし、やっとリチャードに向いたアリスは続ける。
「うん、今日変だよ……隊長」
「へ?隊長?いつもと変わらない……ような…。気のせいだろ。アリスの方がよっぽど変だと思うぞ」
「そうなら良いけど」
リチャードはウェスカーを一瞥してから、彼女にいつもの調子で言うも何も反論はなく上の空だ。面白くないと、肩を竦めて訓練の準備へと向かってしまった。
* * * *
「っ…!」
アリスの押し殺した声がした。床へうつ伏せに倒され腕を後ろに固定され苦痛で歪んだ顔にリチャードは意気揚々として言う。
「アリス降参しろ」
近接戦闘の訓練ではお馴染みの光景だった。
「…リチャード、そこまでよ」
ジルの冷静な声に、リチャードは仕方無しに彼女の腕を自由にさせた。
「まあ、俺には敵わねーよ」
「どうして……っ!」
悔しそうに床のマットを叩くアリスに静かに近づいたウェスカーが手を差し伸べた。
「ほら、立て」
あまりにも珍しい光景に近くにいたリチャードだけでなく、その手を向けられたアリスまで驚きで固まる。
「あ、ありがとうございます…」
なんとかお礼を言い、ウェスカーの手に自分の手を恐る恐る重ねると、力強く引かれ立ち上がる。アリスが握られた手を離そうした瞬間、素早く彼女の手がウェスカーの方へ更に引かれバランスを崩した。
「……っ!」
「さっきから訓練の時に何を余計な事を考えてるんだ、だから隙を付かれる」
「ちょっと!ウェスカー!」
アリスの後ろへ回ったウェスカーの腕が彼女の首に掛かっていた。締められも、捻られもしてはいないが、突然のことにアリスは息を飲んだ。ジルが今度はウェスカーに制止の声を上げ、そちらをちらりと見たウェスカーはこれ以上は何も言わず、腕の中で呆然とする彼女を解放すると一人先に退室してしまった。
「………」
「お前、隊長になんかしたのか?」
呼吸すら忘れたようにポカンと口を開け、アリスは自分の首を押さえてリチャードを見た。思い当たる節はなかった…。しかしそんな事よりアリスは先程のウェスカーの動きに圧倒されていた。
「速すぎてわからなかった……、あれが敵だったら即死だったね」
「…まあウェスカーより強い敵とかいねーだろ」
リチャードの言葉に数人吹き出しそうになり場の空気が少し和んだところで、エンリコの号令がかかり、訓練が再開されたのだった。
* * * *
訓練も終わり、オフィスワークの間もウェスカーの姿は見当たらなかった。
平穏な一日で、出動もなく今日の仕事を終えたアリスはデスクで片付けをしながら訓練でのウェスカーを思い出し、何が起こっていたのかと何度も頭を整理していた。
「前に居たのに……気付いたら後ろにいて……いや、私の向きが変わった…?」
こうして思い起こしながらブツブツ言っていると、オフィスへウェスカーが入ってきた。今日、日課の"アレ"が出来ていなかった彼女は彼の元へ駆け寄ると敬礼した。
「隊長!…ウェスカー隊長!」
「なんだ」
「良かったら、この後お食事でも!」
「……………ああ、いいだろう」
笑顔のままアリスは敬礼の手を下ろした。オフィス内に残っていた数人がこちらを見ていた、どうやら聞き間違いの様だ。
「…残念です、また明日お誘いします」
「だから…、良いと言っているんだ。聞こえなかったのか?」
「え?……………えええええーーーー!?」
響き渡ったアリスの声にウェスカーが煩いと叱ったが、彼女はそんなこと耳に入らなかった。
喜びよりも、やはり今日のウェスカーは変だと、アリスは心から心配になったのだった。
150605