ロッカーで荷物を纏めながらアリスはまだ夢を見ているんじゃないのかと思っていた。今日の出来事はいつもと違う事ばかりだった。
どうして食事OKしてくれたの…?いつも即答で断られてたのに…。
何処か行きたい店があるのかと聞かれ、単にウェスカーと食事に行く事しか頭になかったアリスは自分が誘ったにも関わらず、隊長のオススメのお店で、と答えるしかできなかった。先に出る用意をするように言われたが、その内だんだんこれは現実でないような気がしてきてしまった。
「夢オチだったりして」
呟いて頬を抓りながらロッカールームを出るとウェスカーがいて、不意をつかれたように驚きで体が跳ねた。
「あっ、隊長、お疲れ様です!」
「私はまだ用があるんだ。待たせて悪いが……先に向かっていてくれ」
そう言って渡されたのはメモで、住所と店の名前が書いてあった。その意味を理解したアリスは目を輝かせてその紙とウェスカーの間を視線を往復させた。
「……!」
「どこでも良いんだろう?酒に付き合うなら車は置いていけ」
「ありがとうございます!嬉しいです!!!現実なんですね…っ!」
何をおかしな事を言っているんだと、怪訝な様子で言うウェスカーが仕事に戻るのを笑顔で見送った。
* * * *
アリスはウェスカーの話をそれはもう真面目に聞いていた。
メモにあったのはオシャレなバーだった。カウンターに座った二人は食事は軽く済ませ、ワインとカクテルをそれぞれ注文し、1時間ほど呑みながら話していた。最初こそぎこちなかったが、互いに酒の力も借りたのもあり、ウェスカーはいつもより饒舌のような気がした。
アリスはウェスカーがS.T.A.R.S.に入った理由、ここまでの経緯など気になっていた事をここぞとばかりに質問していた。
「隊長って真面目だなー……本当に」
「面白くないだろう。こんな話聞いて何になるんだ」
「ううん、楽しいです。…あ、あと……今日のアレどうやったんですか?」
「なんの事だ」
「訓練の時の……」
アリスはそう言うと、ウェスカーの空いた腕を掴み自分やられたように再現しようとした。
まるでマジックの種明かしを求めるような言い方に彼は何のことを言われているのかすぐに分からなかったようだ。
「……別に何も変わったことはしていない」
彼女の手を軽く振り解いたウェスカーはグラスの中のアルコールを煽った。
「じゃあ、今度、稽古付けてください!リチャードに勝てるようになりたいんです」
ニーッと締りのない笑顔を向けたアリスにウェスカーが、フンと鼻を鳴らす。
「熱心だな」
「悔しいんだもん」
「…考えておいてやる」
やった、と嬉しそうに小さく呟いたアリスはカクテルを見つめて一息ついた。少し表情を固くしてウェスカーに改まるように口を開く。
「あの…」
「……改まって何だ」
「隊長、何かありました?…」
「………」
「今日ちょっと様子が違ったというか。……あ、あの……別に話したくない事なら全然良いんです!忘れてください!」
アリスは慌てて言い切る苦笑した。彼の反応から仕事以外の踏み入った話は嫌いそうだと思ったからだった。ウェスカーは自嘲気味に鼻で笑い、冷ややかに口の端を上げた。
「女だ」
「……へ?」
「昨日の夜、少し面倒な事になっただけだ……」
「…………ふぇ?」
間抜けな声しか出ないアリスにウェスカーはサングラスを外して目を向けてきた。滅多に見れない彼の瞳だったがそれすら気にならないぐらいアリスは衝撃を受けていた。
「仕事と女…どちらを取るか。くだらん話だ」
「か、かか…彼女……ですか?」
「…もう"元"だがな」
叫びそうな程驚いたアリスは口元を押えてウェスカーから顔を逸らした。
彼女!!!!彼女、いたんだ!?いや、でも隊長ぐらい素敵だったらいてもおかしくないじゃない…、結婚してないのも不思議なぐらい…。
脳内会議をしているアリスに対し、ウェスカーは彼女の顎を掬い上げ自分の方へと向かせ、顔を近づけた。ウェスカーの目は座っていて、アリスは彼の謎の行動に仕切りに瞬きをするしかなかった。
「な、何…?」
「この目が嫌だそうだ。仕事の事しか考えていないこの目が」
「……綺麗…なのに」
剣幕に少し怯えながらも、アリスは文字通り目と鼻の先にあるウェスカーの瞳をしっかり見ながら独り言の様に呟いた。
「まあ、終った話だが。…俺の何が不満だと言うんだ」
やっとウェスカーが手を放しカウンターの方を向いたのでアリスはホッと息を付いた。先程の行動や、悪態をつくウェスカーはやはりいつもとは違うように感じる。
もしかして、隊長…自棄酒なのかな?
ウェスカーが随分飲んでいた事を思い出しながら、彼でも愚痴を言ったり、酔いたい時もあるんだと、アリスは可笑しくてフフっと笑った。
「隊長は誇りをもって皆の前に立ってくれてます、それを知らないから…そんな事言えるんですよ」
横目にアリスを見ながらの一口飲むウェスカーに、彼女は続ける。
「私が彼女だったら、隊長のこと自慢しちゃうぐらいなのになー。お試しにどうですか?…なんちゃって」
アハハ、と笑ってウェスカーを見れば相変わらず目を細め、じっと見つめてきているまま。普段は見ることが出来ないそのブルーの瞳の力強さにアリスは冗談を言った手前、何も言わない彼に恥ずかしくなってくる。
バッとアリスは勢い良く席を立った。アルコールのせいで少しふらつきそうになると、ウェスカーが彼女の腕を掴んだ。
「急にどうした?」
「わ、私そろそろ帰ります!」
「何故だ、まだ大丈夫だろう?」
「明日の業務に支障が出てはいけないので」
変に意識してしまって、馬鹿な冗談を言った事に後悔した。
早口に言い切るとバッグを掴んでアリスは、失礼します!と雑に敬礼をし逃げるように店を出ていった。
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