32

分かっていた。この手段を取る事が最善であることは。それを見て見ぬふりをした。結局は婚姻による後ろ盾が最も手っ取り早い。所詮女よと言われても何も言えはしない。噛み締めた奥歯から血の味がした。ああこれではだめだと、大きく息を吸い、吐く。
この胃の腑にある黒い塊は無かったことにして、全て飲み込んで、グウェンダルに信頼のおける貴族を見繕ってもらうことが最善だろう。それくらいなら、甘えても許されるだろうか。


「愚鈍であるかと聞かれれば否と答えたいところではあるがな」

「は、」

「いるだろう、目の前に。条件を満たした男が」


グウェンダルの目は真剣だった。まさかの本人からの提案に間抜けな声が漏れた。確かに条件から言えばこれ以上ないほどの物件ではある。
しかし同情からこの提案をしたわけではあるまい。彼はそこまで甘ったれた性格はしていない。


「………双黒を足掛かりにして上を目指すか」

「…互いに利がある。その方がお前も納得しやすいだろう。私ならお前の事情も思惑も分かった上で対等に扱うぞ?」


断られるなど微塵も思っていない声音に、笑いが盛れた。元々このつもりだったのかは分からないが、あくまでもこちらの意思を優先するその態度は、優しい檻だった。グウェンダルの手をラシャ自身の意思で掴ませる。その意味は大きい。自分の口物が弧を描くのが分かった。彼は上に立つに相応しい。


「馬鹿の相手をするよりは貴方の方が余程良い」

「それはこちらの台詞だ。最近は上王陛下からの圧迫も酷くてな。1度でも婚姻さえしておけば問題なかろう。」


馬鹿な貴族の令嬢などごめんだと笑うグウェンダルはその顔にふさわしい悪役のような表情をしていた。


「貴方と婚姻を結んだならば、この地の民は私の民。私の血肉。国へ帰るまでは、命を賭して守ることを約束します」

「期待している」



**


ニッコリと笑って握手を交わす、その姿を人払いをしながら眺めていたヨザックはなんとも言えぬ顔になった。自分の仕事を片付けて戻ってきてみれば上司のプロポーズに鉢合わせた部下の気持ちも考えて欲しい。全く甘いシーンではなかったが。
お互いに嫌ではないと思ったからこその提案だろうが、二人揃って思考が固すぎる。

(プロポーズ…だよなぁ…)

そんな理由や理屈抜きに、あなたと共に居たいと伝えればいいのにとヨザックは思うが、彼の上司と今この瞬間その妻となったお人は気持ちだけでは動く事が出来ない人種らしい。
国を背負う者は大変だねえ、と呆れながらも、ヨザックはこの打算だらけのまだ恋ともいえない小さな芽が、大きく育つ事をそっと祈った。




2018/11/16





prev next
bkm

index
×