33 結婚を決めてからも、城での生活に変わることはあまりなかった。強いて言うならば、宙ぶらりんの客人から、領主の妻という権限が付与されたことにより仕事の幅は広がった。故郷と余り変わらない毎日に逆戻りしている。 私の部屋はグウェンダルと同室にはなったが、同時に仕事机も運び込まれた。即戦力として働かせる気をしっかりと感じる。身内になったからには遠慮はないということだろうか。目の前の書類に目を通しながら、慣れてしまったこちらの世界の文字でサインを走らせる。 グウェンダルとの結婚は、あの後すぐに国民へと発表された。国王と末の弟が電撃的な婚約を行ったことも踏まえ、こちらは婚約ではなく結婚としての形をとった。 あちらは若さや勢い、もしかしたら一目惚れもあったのかもしれないと国民からも暖かく見守られているが、グウェンダルでは立場が違う。私も、国王ではない。まず立場を確約するには、婚約という形では不安があった。 国王が不在のため、上王陛下への謁見となるはずが、彼女は恋の旅に出ていた。幸い連絡はついたため、すぐに戻るとの返信のみ受けとった。 話がこじれる前に民を味方につけてしまった方が良いとの案で先に発表を行ったが、国王の帰還を待たないどころか上王すら待たない。二人で話しあって決めたこととはいえ、この長男、中々に強引である。 国民からは、海軍からの噂もあるだろうが、ヨザックが上手く情報操作をしていてくれたのか、概ね歓迎の声が届いている。 時々、グウェンダルと視察を兼ねて街に出るようにしているが、市井の目にはこの結婚はあまり政略的な意味には見えないのだろう。まともな環境にいれば、人は人を純粋に祝福する。先の戦争の遺恨はまだ残っているが、それでも、少しずつでも前を向いて歩み出せているのかもしれない。 しかし、未だ国境地域では紛争が起こっている。治水もままならない地域がある。考えなければいけないことは山積みだった。 ヨザックは監視からただの護衛役となったが、元々身内に甘い性格なのだろう、めっきりとあの獣のような目を見ることはなくなった。 サイン済の書類を受け取ったヨザックが部屋を出ていったのを見届けて、グウェンダルの方を見れば、眉間のシワを深くして地図とにらめっこをしている。各地に人員を配置をしているが、やはりこちらは王都に比べれば予算も人も足りていない部分がある。 「グウェン」 「なんだ」 「国境の件ね」 「知っていたのか」 「そりゃ同じ部屋で仕事してたらね。私が行こうか?」 「……いや、」 「上王陛下のご帰還までまだ10日はあるけど」 それまでには戻ってこられる程度の距離である。そう言っても、グウェンダルは腕を組んだまま苦い顔をしたままだった。 「…この程度であれば出る必要はない。部下を向かわせよう」 「了解」 「それに母上のことだ、おそらく予定より早く戻られるだろう。晩餐会の話も耳に入るはずだ。用意だけしておけ」 「あと、いい加減私たちの馴れ初めとやらを考えることもね」 「……分かっている」 恋愛ハンターを楽しんでいらっしゃる上王には、利害が一致したために一緒になりましたとは言えないのである。色々なところから話に聞く限りでは相当自由なお人だった。 「理由……」 「私が言うのもなんだけど、貴方結構失礼よね」 「ならば理由を言ってみろ」 「……政治手腕が、素敵だと思いました……?」 「アウトだな」 「アウトね」 なんだかんだ、気は合うのだ。お互いの、仕事に対する姿勢や、目指しているものが一致している。しかしこれは夫婦なのか、と言われれば首をかしげざるをえない。 グウェンダルは私には一切手を出していないし、眠る時は同室とはいえ別のベッドだった。 例え手を出されたとしても今更どうこう言うつもりもないが、律儀な男である。 仲が悪い訳では無い。同じ部屋にいて苦痛に感じることない。良いルームメイトである。仕事はしっかりと割り振られてはいるので適材適所で働かせるのが上手いだけかもしれない。 寝る前に話す会話といえば、政治、仕事、それからたまにお互いの故郷について。色気はないが話は弾んだ。 「そもそも理由は必要なのか」 「それでいくと国王陛下と同じになっちゃうんだけど」 「恋は落ちるものなのだろう」 「……めんどくさくなったのね」 「そうだな」 「恋に理由は必要?ってお母上に言うの?」 「…そうだな」 「……貴方が言ってよ」 「…………ああ。」 苦肉の策である。 2020/06/30 bkm index ×
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