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彼女は支配する側の人間であった。堂々たる態度は、黒を纏うに相応しく、君臨者として場を制した。

普段のラシャの穏やかな面を見ていた分、グウェンダルもヨザックも、少しだけ面食らったのは事実だった。時折見せる片鱗から、向こうでは上の立場にある者だったことは予測ができていたが、よもやあそこまで苛烈とは思ってはいなかった。

確かに、彼女を一人にしてしまった自分の落ち度だった。そしてあの話題。下手な切り抜け方ではこちらが不利になっていた。ある意味正しい方法だが、双黒を見に纏うラシャが意図して場を支配するとなるとまた話は別である。


「…ヨザック」

「割増料金ですよ」


やれやれと肩をすくめた部下を残し、グウェンダルもホールを抜けた。
自分から見ればまだまだ若く、頼りないとさえ思える背に背負われた大きな重責こそが彼女を生かし続けた糧であるとは、なんとも皮肉なことである。









恐れ、恐怖、畏怖。慣れ親しんだ感情だった。人徳で兵を動かすのが弟である元親で、誰が見ても領主としての才があった。

私はバサラをもつ武将ではない。どれだけ努力してもその才には恵まれなかった。自身を支配するのは常に負の感情であり、勝たねばならぬという圧迫感だった。
バサラも持たぬただの女に、戦いを選んだ限りは勝利以外に己を証明するものはない。

民を守るという言葉と裏腹の己の行動に、反吐が出る。それでも私が守りたいのは、私を育んだ地と、民達だった。


「姫様」


後ろからグウェンダルの声がする。他人行儀な呼び方なのはこの場だからか。あの場で武器を構えた者たちは確認した。ヨザックには余計な仕事を増やしてしまったが、2人目の双黒など、手中に収まらぬとなれば邪魔なだけだろう。
邪魔であれば返せばいい。私の元いた場所へ、私の国へ、私の居場所へ!探り合いも、取引も、嫌いではなかった。しかしそれはあの地のためであったからだ。


「姫様!」


腕を掴まれ、部屋へ戻りかけた足をとめた。息を吐き、感情を抑え、表情を変える。腹の中など探らせぬ。そして振り向き、見上げた先には強面のくせに妙に感情豊かな彼の姿。


「場を乱してしまって、申し訳ない」

「…そう、いうことを言いに来たのではない」

「グウェンダルの立場を危惧してるんだけれど」

「その位でどうにかなるようであればそれだけの実力だったという事だ。あの場ではあれが最善だった」


淡々と答えるグウェンダルの姿に、揺らぎはない。その姿に、自分の中の感情も落ち着いてゆくのを感じた。こちらに来てから、どうにも彼に甘えてしまっていると自覚する。そしてそれを黙って受け入れるグウェンダルとの、圧倒的な実力の差も。


「いくつか、考えてはいるんだろう」


この世界で、どうあがいても彼に頼るしか生きる方法はなかった。グウェンダルは信用に足る。もし全てが嘘だったとしても、見抜けなかったのは自分の責である。


「…王都に行き、双黒であることを理由にある程度の役職につく。行動範囲が広がるけれど王への謀反の疑いがかけられる」

「次は」

「戦に出て戦績をあげる。これは私の今の立場では難しい。私が反逆の意思がない事を知る誰かの協力が必要となる」

「それで?」

「………」

「一番簡単で、一番手っ取り早い方法を見落としているわけではないだろう」


腕を離したグウェンダルが、静かに促す。恐らく同じ答えにたどり着いたことは安易に分かる。ぎり、と奥歯を噛んだ音が脳に響いた。


「双黒である事を利用し、誰か、地位がある者の妻となり、後ろ盾を得ること。…欲を言えば私がいいように使える、馬鹿者である事。」


双黒であっても、立場を得なければそれは非常に不安定なものだった。今更嫁ぐことに対してどうこう言うつもりはない。今まで長宗我部の地に、国に嫁いだと考えて戦って来たのだ。あの場所へ帰るためならば、どんな手段も厭わない。
そうすべきとわかっている。

グウェンダルの、深いため息が聞こえた。




150901
ストレスもたまる。





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