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周りのざわめきも、視線も、気付いていない訳では無いだろう。それでも今ここで話すべきことなのか、それすらも気づかぬほどに無能であると見下されているのか。貼り付けた笑顔は崩さぬまま、目の前の男を見れば戦について語る男の表情には嫌という程見覚えがあった。グウェンダル達と触れ合い、話し、その政を見た事でこの国を少しは知ったつもりでいた。どこの時代でも、どこの場所でも、人間の本質は変わりはしない。どれだけ民のために心を砕く人間がいたとしても、一度広がった戦火は早々には収まることはない。

駆け寄ってきたヨザックを片手で制せば、戸惑ったような視線とともに彼は足を止めた。周りの反応は様々だ。怒りを隠しきれない者、居心地悪そうに目線をそらす者、何も言わず、この場から立ち去る者。戦争の根は深く、早々に癒えるものではない。
この場にいるものとて、戦場に出た者、愛しい誰かを失った者、逆に大金を稼いだ者もいるだろう。戦乱の世で、一部の者にとっては戦は最も出世に繋がる方法だ。
ただ、日の本の天下統一を謳った武将達の戦も目の前の男が語る戦も、民から見ればどんな大義があろうとも平穏を脅かすものでしかない。きっと、私達武将も、目の前にいる男も、同じ穴の狢だ。だからこそ、守らねばならない。己の民だけは、何としてでも。


「戦を起こす軍師は無能とはよく言いますが、貴方はどちらなのでしょうね」


とうとうと語る口が止まる。あの戦について、私は何も知らない。そう言いたいのだろう。そして戦も知らぬ小娘が何が言いたいのかと。
戦は、起きる前に全ての勝敗は決まっている。あの憎き婆娑羅者たちが戦場をひっくり返しさえしなければ。それすら計算の中にいれ策を立てるのは、婆娑羅者でない私にとってどれだけ難しく、何度歯噛みしたことか。


「あなたがそれを私に言った事には、どんな目的がおありで?」

「人聞きの悪いことをおっしゃる」

「この場所、この時に、その話題を出す事がどう転ぶか、人の心がどう動くのか!」


芝居がかった口調で、大げさに、大きく、誰の目にもとまるよう。ヨザックが見立てた漆黒のドレスはさぞかし今の自分に合っているのだろう。この男がこの話題を振ってきた時点で、グウェンダルの努力は水泡と化している。それならばせめて、最大限有効に使うだけだ。初めから、守られる様な女ではなかった。そんな立場では生きてはこなかった。そして自身もそれを望んだ。


「何も知らぬ小娘がとおっしゃる。それだけで相手を見誤る。戦場での働きなどたかがしれましょうな」

「あの戦争をしらぬ者に何が言える」

「そう、知りはしません。私は、ですけれどね。」


周りの反応をきちんと把握できる人間であればこの男がどう思われているかなどすぐにわかる。それほどまでに顕著な反応があるというのに、何故いまこの時を交渉の場として選んだのか。


「あの男が何か吹き込んだのかね?」

「はて、私には誰のことをさしておられるのか。人間も、魔族も、愚かなのは同じですよ。守るべきは民だ」

「まるで自分はそうではないとおっしゃるようで」

「私も愚かな者の一人ですよ。だからこそ、守るべきものを見誤る様な事はしたくはない」


言葉に殺気を乗せ、場を支配する。その中でいくつか剣に手をかける音を聞き、ここまでで良いと区切りをつけた。音の発信源を軽く確認し、ヨザックの方をむけば小さく頷く姿が目に入る。ここもまた、戦場である。


「いつか、軍も兵士も王すらもいらぬ、そんな時代が来ることが一番望ましいとは思いますがね。その為には力が必要であるとは、なんとも皮肉な話ですが」


一歩踏み出せば人が割れる。避けるかのように目をそらす者がいる。それを横目に出口へと向かった。振り返らず、前だけを見つめ、靴音だけを響かせて。




20150826


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