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漆黒のドレスを纏い廊下を歩けば、ざわりと空気が揺れた。響くヒールの音に我に返ったのか慌てて敬礼する兵士にちらと視線をよこせば、嫌でも耳に入るのはやれ実在したのだの、城の深くに監禁されていたのだの、好き放題言っている言葉達。どうやら私がこの晩餐会に参加するということはちょっとした噂話の種になっていたらしい。その様子を見て後ろを歩くヨザックが小さく謝った。


「そう落ち込んだ顔をしなさんな」

「始まる前から不快な思いさせちゃったらさすがのグリ江でも申し訳ないわよぅ」

「どちらかというとグリ江ちゃんの格好の方が目立ってるんだと思うけどね」

「なーに姫様ぁ、グリ江ってば注目の的?パーティの華?」


ちゃかして応えるヨザックは今日は露出が多めの派手なピンクのドレスである。どちらかというと毒の華。
会場となる部屋の扉の前までいけば、そこで待っていたらしいグェンダルが壁から背を離しこちらを向いた。


「ご苦労だったなヨザック」

「そうよー姫さんったらとんと無頓着なんだもの」


私のドレスからヘアセット、メイクにいたるまで全てグリ江ちゃんご用達である。そこらの女中よりよっぽどたよりになる彼は今日も今日とて輝いていた。まだ文句を言っているヨザックを遮るようにグウェンダルが口を開く。


「母上がこちらにむかっているらしい。」

「ツェツィーリエ上王が?」

「どこで聞きつけたのやら…面倒なことにならなければ良いが」


小さく早口で会話をしているということはあまり良いことではないのだろう。どうやらグウェンダルの母親らしいが、親子関係でも悪いのだろうか。どこの世界でもそういったことはあるのだろうと、眉間の皺が深くなったグウェンダルの様子を見て納得した。


「グウェン、そろそろ中に入りたいのだけれど」


そろそろ中断しなければまた話し込んでしまいそうだった二人に、わざと挑発的に笑って言えば、はっとしたようにこちらを向く。あまり女性のエスコートは得意ではないのかもしれない。


「失礼、姫君。漆黒のドレスがよく似合っている」


そういって私の右手を取り手の甲に軽くキスを落とす。手慣れているのか手慣れていないのかよく分からない。


「お上手なのね閣下。嬉しいわ」


グウェンダルの態度に、本で目を通したこちらのパーティマナーを思い返す。いきなり本番とはなかなかに意地が悪い。グウェンダルの方を見れば少し驚いたように目を見開いた後、にやりと口の端を上げた。


「閣下、地がでてますわ」

「…姫君があまりにも美しくてね」


彼はあまりこういった場を好まないタイプかと思っていたが、立場を考えればきっと腐るほどこういった場には出てきたのだろう。外交用のそれは、少し眉間の皺を消すだけでずいぶんと印象が違う。


「…で、私はどうしておけばいいの?」

「顔見せが目的だ。お前を慕っているらしい海軍のやつらぐらいなら良いが、面倒な者もいる。あまり私から離れるな」

「このパーティで一番忙しいはずのお人が、無理をおっしゃる」

「それでもだ」

「はいはい、仰せのままに。閣下」


私が彼の傍を離れなければ、質問はほぼグウェンダルの方にいく。只でさえ賓客との会話もあるだろうし、余計な仕事を増やす事になりそうだが、先ほどの口ぶりから見て誰か政治的に厄介な者も来ているのだろう。おそらく私という双黒の利用価値を知って近づいてくる者が。

そういった者のあしらいなら自分の元いた場所と立場のせいでなれてはいるが、そんなことはグウェンダルが知るはずもない。心配げに細められた目に、見た目の割に心配性な彼に、安心させるように微笑んで見せた。もちろん、彼と同じような外交向けの笑顔で。





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