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「苦情?」


剣を交える度に高い音がヨザックと私以外の者は誰もいない練場に響く。人祓いをされたそこで、軽い会話が交わされながらもヨザックからは重い剣撃が繰り出される。それを馬鹿正面からは受け止めず、力を流すように防いでいく。ご立派な筋肉をもつ戦闘員グリ江ちゃんとは純粋な力の押し合いでは敵うはずもない。


「ええ。姫さんがこちらに来る時船の上で戦闘になったでしょう?そのときの正規軍はお貴族様のご子息とかが多かったんですよ」

「…ああ。あのなよなよした兵卒」

「海軍の連中からも少しばかり声が上がってましてね」


剣を交えた後お互いに距離をおいたところでヨザックが構えていた剣をおろす。どうぞと渡された水を少し迷った末に受け取れば、ヨザックは一言断った後、先に己の水を口にする。


「…で、監禁騒ぎになっていると」

「こちらに来たはずの双黒の姫君は一向に姿を見せず、音沙汰もない。そりゃあそうなりますよねぇ」


実際監禁に近いんですけどね、とヨザックは皮肉気に笑う。


「自由に書物が読めて、鍛錬も出来て、まっとうな食事も出る。監禁といった気はしなかったけど」

「でも自由に部屋から出られない、こうして俺が四六時中監視としてついて回る。立派な監禁じゃないですかね?」

「どちらかというと待遇が良い方の人質?」

「あれ、姫さん人質のご経験が」

「さぁね」


底に少量を残し、グラスの中の水を飲み干すともう一度剣を構える。私の使っていた刀とは少し構造の違うそれに、早く慣れてしまおうと手の中で何度か握り直す。

ヨザックとの鍛錬はこちらに来た頃からほぼ毎日のように続けられていた。
始めは部屋の中で簡単な型の鍛錬だけをしていたが、それがヨザックに知られてからは彼はこうして鍛錬相手を買ってでてくれていた。


「ヨザ、何度も言うけれど」

「殺す気でこい、といわれましてもね。姫さん相手に本気で戦えってんですか」

「ヨザックが本気を出さなくて私の腕が鈍ったら、私は戦場で死ぬことになるんだけど」


何度も交わされたやりとりにため息をつく。なにも真剣で戦っているわけではない。訓練用の剣だ。骨は折れる可能性はあれども死ぬほどの大怪我をすることはめったにない。もし怪我をしたとしても、それ程の強い相手と剣を交えておくことは確実に糧となる。

私が自分の世界でどんな役割についていたのかは彼らには直接は話してはいないが、戦乱の世を生きてきた事は刀を交えれば嫌でも伝わる。私の剣は婆娑羅者を確実に仕留める事だけに特化した剣筋だった。


「で、監禁騒ぎの結末は?」

「閣下の胃を痛めるだけで終わると思います?」

「一度はどこかで顔見せしなきゃ収まらんでしょ」

「正解ー。姫さんは欲にまみれたお貴族さまとの晩餐会か海軍主催の練習試合という名のむさい模擬戦だとどっちがお好みですかね?」

「なにその正反対すぎる選択」


正直どっちもめんどくさい。思ったことが顔に出たのか、ヨザックは賢い獣の顔でにやりと笑いかける。


「嫌なら閣下に直談してくださいよ。一介のお庭番なグリ江ちゃんには無理なんでェ」


閣下ならほんとに姫さんが嫌ならどうにかしてくれますよ。ヨザックは何でもないように口にするが、その言葉は彼らなりの気遣いだろう。
彼らはいつだって、こうして私に逃げ道を用意した上で話すのだ。


「…考えとく」

「そういってくれる姫さんがすきですよ」

「あっそ」


でもとりあえず、これが終わった後にあの苦労人な城主に文句を言うくらいは許されるだろう。そう考え、もう一度剣を握り直した。




131007
だいぶん打ち解けてきたお庭番。



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