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ヴォルテール城についてからの日々は今までのことはなんだったのかというほどに平穏にすぎていた。ただ私は城内を自由に出歩くことは許されず、書庫から書物を借りてきてはあてがわれた自室にこもり読みふけるという繰り返しを飽きることなく続けていた。
こちらの歴史、常識、戦略、世界情勢。私が学ぶべきことはいくらでもある。のちのち自分の世界に戻るとしても、知識をつけることは悪いことではない。というよりもそうでもしていなければ暇すぎた。

グウェンダルによってつけられた教師には文字を習うだけで終わった。どうやら私には授業形式より自習の方があっているらしく、書物を読み解き分からないところがあればヨザックやグウェンダルに質問する程度だった。

グウェンダルもあれから暇を見ては私の部屋に足を運び、なにやらよくわからない人形をおいていくようになった。あみぐるみというそれは、彼の大きな手により生み出されているらしい。人は見かけによらない。
グウェンダルとは友好的な関係を築けているようにも感じる。政治や情勢について話すことは面白い。グウェンダルの様な真剣に民のことを考える統治者であればなおさら。

会話の中から探りを入れられている気もしていたが、ここ最近は彼はただ単に私の部屋にいることもある。目の前に座り部下からの報告書に目を通すグウェンダルを見てそう思った。何もこの部屋で仕事をすることもなかろうに。







ヨザックが入れた紅茶を横に、部屋には沈黙のみが広がる。ラシャ自身も、書庫から持ってきた資料を読むのに忙しいので必然的に会話はなくなる。ヨザックは居心地悪気に肩をすくめた。


「姫さん、何読んでるんですか?」

「こちらの兵法書」

「相変わらず本のチョイスが物好きですねえ」


一般のお姫さんはおろか、新王陛下えすら読まなさそうだと、と顔をゆがめたヨザックに、いつの間にやら手元をのぞき込んでいたグウェンダルがおやと目を見開いた。


「それならば先の大戦の戦略と比較してみろ。資料はあったはずだ」

「何それ面白そう。明日さっそく書庫で探してみるわ」

「いや、私の部屋にあったはずだ。夕食の後にでもヨザックに運ばせる」

「閣下と本の趣味が合うって姫さんも大概ですね…」


あみぐるみならともかく、と笑うヨザックみとってみればグウェンダルと話が合う女性だけでも珍しい存在だった。男二人に部屋への侵入を何も思わずに許しているラシャも、奇異な存在と言ってしまえばそれまでだが。

あたりが薄暗くなり、部屋に明かりを灯せば、さすがにそろそろ女性の部屋にいるのはまずかろうとヨザックはグウェンダルの背を押した。

夕飯の時間も近く、ヨザックの腹の虫は先ほどから大合唱を続けているが、自身の仕える上司といい目の前の姫といい声をかけなければ食事をとることも後回しにしそうな二人だとため息を吐く。ある意味お似合いだが健康面では二人そろって心配すぎた。







「姫さんの分も後でこちらに運ばせますね」


その声に手元の文字から視線をあげれば、ヨザックがグウェンダルの背中を押して部屋を出て行くところだった。いつの間にやら部屋の明かりは灯されており、おそらくそれをしたであろうヨザックの気のききっぷりに本当に武官かと疑いたくなる。今は彼曰くグリ江ちゃんらしいが。


「ヨザックは?」

「グリ江は閣下の体調管理も仕事のうちなんでェ」


未だこの部屋から出ることはヨザックをつけていなければ許されてはいないが、最近彼はよくこうして護衛を抜けることがある。試されているのか信用されたのかは分からないが、彼の様子からして半々といったところだろう。

ヨザックが去った後少しして運ばれてきた食事に、そうは思えどあまり手をつけることはできずにいた。ヨザック自身が運んでくる食事は毎回口にしてはいるが、それ以外の人間が運んできたとなるとどうしても警戒が先に立つ。

私は基本的にはグウェンダルとヨザックのことは信用している。彼らと話し、時間を共有する中で、自国を想う考えに触れた。よほどの事をしない限りは国のためを想うならば私を害するメリットもない。

しかし彼ら二人以外とは最初に出会った海軍の一部の者達以外は面識がない。その他の者が何を思い何を考えているかも知る機会もない。
きっとヨザックやグウェンダル自身が信用のおける者を選んで遣わしていることはわかってはいても、こればかりは身についてしまった習慣だった。

一番毒を混ぜやすい汁物には手はつけず、その他の皿からも均等に少しずつしか食さない。全く食べなくともどうということはないが、目の前にいる食事を運んできた兵士に怪しまれない程度には口にしていった。




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130821
まだまだお互いに手探り




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