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甲板の様子を陰からみれば、縛られた兵達に、その周りを取り囲む男達。思っていたよりは死んだ兵士達の数は少なかった。甲板の中央に1箇所にまとめられているところを見る限り、よほどのことをしない限り、すぐに殺される心配はないだろう。

目的に人という資源も含まれていたのだろうか。戦での報酬に“人”も含まれることと同じ原理なのだろう。売れば高値で取引され、売らなくとも自国の民を減らさずに労働力を確保できる。それが人道的にどうであるかは別として、そういった考え方も存在するのは事実だ。

少しずつ船が動き出している事を確認し、横にいた後ろに控える兵士の中で屈強そうな男を選ぶ。そのままその男を引き寄せ、そいつにだけ聞こえるよう囁く。

「ちょっと」

「何、でしょうか、ええと・・・姫様?」

「呼び名なんてなんでもいい。それよりちょっとあいつらの気を引いていてほしいんだけど。どういった方法でも構わない」

「は!?」

「数分で良い、その間に私がどうにかする」

「ええええええええ」

「海の男なら覚悟見せな!」


信じられないような目をしている男を扉の向こうに蹴り飛ばす。何か男らしからぬ悲鳴を上げていたがこの際無視だ。今こそ男になれ。後でグウェンダル閣下に昇進出来るよう口添えくらいはしてやることにする。
後ろに控える兵士達の顔色が若干悪くなったがそちらも無視だ。


「私が出て、ある程度したら戦闘を開始せよ。指示は出す。もし指示が出来ないような状況であれば各自の判断に任せる。それまで適当な所に潜んで待機」


うなずく兵を確認し、そのまま甲板に飛び出す。先ほどの男の悲鳴のおかげで少しの間そちらに意識が集中している。剣を抜き、最小限のルートで甲板を駆ける。
目指すは男達に指示を出していた、おそらくこの中でのトップであるだろう男。その場の流れを作る司令塔をどうにかすれば、士気は下がる。そうすればこちらの勝率は少しではあるが上がる。
その男の横では、グウェンダルがマストに一人縛りつけられ苦い顔をしていた。何してるんですか閣下・・・。グリエちゃんは何をしていたのか。おそらく誰か人質でもとられた一瞬の隙を突かれたのだろうが。

彼は人質と自軍の勝利であれば確実に勝利を選ぶ人間だ。一人の一般兵の命と自軍全体の兵の命では天秤の重さは違う。それが割り切れるかどうかは別として。
それでも隙を突かれたのは、彼が本来は優しい人間であるからだろう。甘いとも言えるが、しかしその甘さが部下をひきつけることもある。弟である元親がその典型だった。

ある程度進んだところで、さすがに前には進めなくなる。前で剣を構えている男達に、軽く剣を構えて見せる。婆娑羅者であれば技の一つで吹き飛ばせるのだろうが、あいにく私には武術しかない。
そして、

「出てこい!」

叫べば、潜ませていた兵達が飛び出す。操縦室の様子を見ていた限り、もしかしたら出てこない可能性も考えて策は練ってあったが、どうやらそうでもなかったらしい。
甲板は再び戦場に変わった。

一瞬そちらに目を奪われた目の前の男達を切り捨て、銃を構える。私には織田の北の方ほどの銃の腕はないが、この距離からであれば外すことはない。

乾いた音が甲板に響き、グウェンダルの横に立っていた男が大きな音を立てて倒れ込む。
それを見た眞魔国側の士気が目に見えてあがり、形勢は逆転した。





私の役目は相手に恐怖を植え付け、従わせる事だった。どちらかと言えば中国の毛利の思考に近いのかもしれない。情けは国主である元親がかければいいし、心からの忠誠も元親に向ければ良い。飴と鞭は使いようである。汚れ仕事はどこの国でも軍師の役目だ。うまくバランスは取れていた。
だから、私は目の前に立つ敵は全て切り捨てる。相手を滅ぼすためだけの策を練る。


周りが落ち着いた頃、船上は血の海だった。遺体の間を抜けるように進み、グウェンダルの元へ行く。
あれけの乱戦のあとで、どさくさで殺されていなくて運がいいというか。グウェンダルが殺されていたら、こちらも勝てたかどうかは分からない。

海を見渡せば、あれだけいた敵船はすでにかなりの後方にいた。援軍が来るかと思いきや、船が動き出したこと、もう少しで眞魔国の領海内に入ること、そして形勢が逆転したことが大体の理由だろう。
仲間を見捨てて逃げるその姿勢はあまり感心できないが、こちらとしては助かった。

いつのまにか夜は明け、船はすでにかなりのスピードで眞魔国の領海を目指していた。



130228





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