19

※拷問、また人の死を含む表現が含まれます


ヨザックが出て行ってからしばらくたったころか、今の今まで静かだった廊下に人の声がした。甲板での騒ぎが少し収まった様子からどちらかに勝敗が傾いたことは理解していたが、どうやら戦闘開始時の劣勢を眞魔国側が覆すことはできなかったようだった。
廊下に騒がしい、下卑た笑いが響く。
ヨザックとの約束どおり部屋には鍵をかけているが、この場合逆効果だろう。こちらには決して入れることはないと豪語していたのはどこの誰かと嘆息した。

案の定、すぐに鍵のかかったこの部屋を不振に思ったのかがちゃがちゃと乱暴に扉をあけようとする音が聞こえた。
隠されれば気になるのが人の性だ。逆にいえば鍵の開いている部屋の場合、もし隠れていたことが見つかったとしてただの下女だとも判断されるだろうに。これでは何か隠していることは明白である。
開かない扉に苛立ったのか、派手な音が響いた。どうやら鍵を壊して強行突破を図るようだ。

緩くなった扉にひとつ息を吐くと、手元にある銃の安全装置を外す。どう言い訳をしようともこの状況ではどうにもなるまい。
寝台に腰掛けたまま、シーツの中に銃を隠し、扉が開かれるのを見つめた。



崩れるように開かれた扉から、汚らしい海賊風情の輩が顔をのぞかせた。どうしてこう海賊というものは品がないのか。自身も海賊であるが、どうせやるならもっと誇りとプライドを持って清潔にやってほしい。これでは斬る刀のほうが可愛そうである。


「女か」


ものすごく小物臭がした。そして何やら二人してひそひそと話す内容を聞けば、どうやら当初の目的は双黒、つまり私のようだった。やはり出港当初からつけられていたのだろう。眞魔国の領土が近いのならば休まず進めば彼らも手出しできなかったのだろが、こちらの海軍にはどうも、一応重要人物(双黒)を運んでいるという意識は薄い。一刻も早く自国の領土に入ることが最優先ならば、部下の休息などとる必要はない。その程度で文句の出るような状況判断の出来ない部下ばかりなのだろうか。


黙っていれば怯えていると勘違いしたのか剣の切っ先をちらつかせながら寝台のほうへとやってくる。欲にまみれた顔にうんざりするが、好都合なのでそのままにしておけば、二人の男のうちどうにも偉そうな態度をとる一人が剣の切っ先をのど元に突きつけた。
もう一人は横に立てかけてあった宝石付きの例の剣の方にちらちらと視線をやっている。目の付け所はいいが獲物を脆弱な存在だと決め付け余所見をするのはあまり感心しない。

そのまま脅そうとしたのか顔を近づけてきた男の眉間に冷たい銃口を押し付ける。


くぐもった銃声が部屋に響いた。


打たれた男といえば状況が最期まで理解できなかったのか、茫然とした表情のまま額から血を流していた。苦しみの様子がないのは即死だったからだろうか。額を打ち抜かれたところで即死できるとも限らないが、きっとそれは幸せなことなのだろう。


「お、まえ…」


がちゃん、という音に視線を戻せばもう一人の男が剣を抜いていた。その切っ先をみて、例の部屋の装飾剣並に使えないことを知る。海で武器の手入れを怠るとすぐに湿気て錆が出る。その程度の事も知らない訳ではあるまいに手入れを怠るような輩に、眞魔国の軍は負けたのか。


「その鈍らで人を斬れるの」


安い挑発だ。あいさつ程度のそれに激昂した男はそのまま声をあげて剣を振り上げた。無駄な動きは隙を生む。振り上げた男の肩に銃弾を撃ち込んだ。剣の相手に銃を使うことを汚いとは感じない。というか織田の北の方など銃といいつつも使っているのは実質マシンガンだ。
剣を取り落とした相手の膝にもう一発、崩れ落ちた男の掌を靴底で踏んだ。
そのまま捻じ曲げるように踵に体重をかければ、踏まれた指から嫌な音が響く。骨が砕けた指では剣術は使えない。銃ですら握ることは不可能だ。
それでもまだ抵抗を見せようとする男の胸に一発、銃弾を撃ち込む。打つのは心臓ではなく、肺だ。
大きくせき込んだ男は、自分の口から洩れた血に目を見開いた。もう戦うこともできなくなった手に、足に、絶望の色をにじませる。

「目的は?」


静かに問えば、その瞳に映るのは恐怖の色だけだった。えてして恐怖とは、案外静寂から生まれるものなのかもしれない。
ひゅーひゅーと息苦しそうな音だけが響いていたが、沈黙に耐えかねたのか男が小さく双黒だ、とだけ答えた。


「そう。情報はどこから?」

「知らねえ」

「内通者?元から探していた?」

「知らねえ」

「その双黒を捕まえた後の目的は?」

「、知らねえ」

「………お前に答える以外の選択肢はないよ」


手に持った剣を男の片目につきたてれば、悲鳴を上げる。眼球を抉りだす様にぐるりとまわせば、男が懇願するように叫んだ。


「アーダルベルトだ!」

「アーダルベルト?」

「どこぞのお貴族様だろうよ!俺たちにお前の捕獲を依頼したんだ」


きけば前金だけでかなりの額を受け取っているらしく、無事に連れてくればその倍は報酬が用意されている。自分たちが名のある海賊だったからこその依頼だと相手はいい、生きてさえいればいいという条件だった。
つまり船の上ではこの海賊たちの‘女’であってもいいと暗に言っているということだ。


「不愉快ね」


そう言って、男の目に突き刺さったままの剣に力を入れた。絶叫。軽く差しただけよと言っても男の悲鳴は止まなかった。もうこの男からはこれ以上の情報は引き出せまい。あまり重要な役どころについている男でもなかった。
そのあたりにいる海賊たちに聞いても恐らくはこの程度の情報しか持ち合わせてはいないだろう。


「死にたい?」


絶叫。この男には誇りがないのだろうか。この程度の事では人間は死にはしない。あまりにも煩さいそれの声帯を剣で掻き切ると、静かになった男を後に部屋を出た。

銃弾を補充し、装飾剣よりかは切れ味の落ちる先程の男の剣を手にとる。軽く振りやすいそれはごてごてと重い剣よりかは幾分ましに思えた。

しかし先程の男が言ったアーダルベルトという名がどうにも引っかかる。まずヨザック達が私の居場所を知っていた事もだが、なにか仕組まれたものを感じた。









服に飛び散った血は黒色の布のせいか、重さはあれどもあまり目立たなかった。慣れた血の匂いのする方向に歩みを進めれば、廊下には点々と兵士達の亡骸が転がっていた。
中にはまだ息のあるものもあったが、どうしようもない。操縦室に向かえば当然の様に鍵はしまっていた。まだ蹴破られてはいないようだったが時間の問題だろう。
それよりも気になるのは今船が動いていないことだった。戦闘が続こうとも自国の領土に入ってさえしまえばまだ勝機はある。
昨夜見た海図を思い出し、そう遠くはなかったはずだと首をかしげた。
操縦室の扉を叩いて声をかければ、中で人が動く気配がする。しかし返事はない。

名を名乗った所で中にそれを知る人間がいるとは限らない。最悪罠だと疑われる可能性もある。逆に扉を開けさせ、姿さえ見せてしまえば双黒であるということはこの場では絶大な威力を発揮する。
中で銃を構える音がした。これは無理矢理扉を開けた暁には体が蜂の巣になりそうだ。


「双黒、であるといっても信用はない?」


そう言えば戸惑うような空気が伝わる。正直自分であったら扉をあけるかと聞かれたら答えは否だ。いくら味方の要請であったとしてもあまりにも不確定要素が多い。しかし今は向こうもそんなことは言っていられないだろう。

強く言えばおずおずと扉が開く。それをこじ開ければ予想通りいくつもの銃口がこちらを向いていた。しかし相手を認識した兵たちには驚きの表情しかない。


「撃つなら撃つ!撃たないなら撃たない!判断に時間をかけるな!」


似たような事をつい数時間前に言ったような気がする。近くにいた男の銃を剣の柄ではたき落とせばはっとした様に平伏した。ついでそれにつられるように周りの兵たちも平伏する。なんなんだこの軍。平和ボケか。


目の前の兵たちはなにやらもごもごと言い訳をしていたが、それを無視して室内を見渡せばおびえたような顔をした兵しかいない。
船に乗った時に見えた屈強な男たちはの姿はない。恐らくは戦えるものは全て甲板に出た後なのだろう。此処にいるのは腰ぬけだけか。
正面をみればやはり景色は変わらない。船は動いてはいない。


「操縦士は」


よく今迄此処が無事だったものだと呆れた。操縦室など機関室に続きまず最初に狙われてもよさそうだったが、戦闘が始まっても船が停止してい為に難を逃れたのか。何とも皮肉な話だった。最初に来たらしき海賊たちは部屋の隅に物言わぬ姿で転がっている。


「俺だ」


出てきたのは甲板にいたような屈強な男だ。しかし腕には大きな刀傷があった。これではこの船の舵はきれない。今迄の戦況がなんとなく読めた。


「正直私はこの暗礁だらけの地帯を乗り切れるだけの腕の自信はない。この船に他に舵をきれる者は」

「…いるには、いるが」


その苦い顔に、視線をたどれば、青い顔をしている若い男がいた。あの様子ではおそらく初陣か、実際に戦闘になったことは初めてなのかもしれない。
腕は確かなのかもしれないが、この様子では逆に船を沈めかねない。しかし今はそんな悠長に考えている暇はない。


「眞魔国の領土に入るにはあとどれくらい時間が必要?」

「早く見積もってあと数時間だな」

「それまでは持ちこたえてみせる。機関室が爆破されたみたいだけど」

「予備エンジンがある。本国にも連絡を入れた。領土内にさえ入っちまえばこっちのもんだ」


予想通りのその言葉にうなずき、期待の操縦士とやらに刀を借りると声をかけても反応はない。背中を軽くどつけば我に返ったように泣きそうな顔ですみません、と言った。


「……人を斬る覚悟がないならまだ戦わない方がいい事もある」


それでも出来ることはある、と彼の握りしめられた腕に軽く触れれば何かを決意した様にうつむいていた顔をあげた。


「…いい顔」

「貴方の命も、我らが預かっているのだということに、やっと気付きました」


これなら大丈夫だろうと、肩を叩いて送り出す。舵の前に立った彼に、もう迷いはなさそうだった。舵をにぎり、前を向く彼の姿に息を吐く。
あとの問題は残りだ。


「私について甲板に出て戦う気概のあるものは」


そういえばざわりとひろがる波紋。それを見てキレたように操縦士の男が叫んだ


「腰ぬけ呼ばわりされたくなかったら仲間守って戦えってんだ!」

「しかし、まだ命令は」

「死ねと命令があれば死ぬような従順さなんてクソ程の役にもたちゃしねーよ」


予想外の助け船だ。しかしそれを聞いて剣をとった者たちがいるということは、慕われているのだろう。


「私と共に戦い生きて故郷に帰るか、腰抜けのままこの船と共に沈むかは自分で選んだらいい」


そういって扉を扉を開ければ、あちこちで剣をもち直す音が聞こえた。新兵卒の扱いなど、この程度だ。希望があれば兵はついてくる。
死にたくない、その人間の本能は背水の陣に立たされた時最も強く発揮されるものだ。





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