18

かたん。かん。かたん。

部屋に響いた小さな音に飛び起きた。船の側面を軽く引っ掻くような音にはあまりに聞きおぼえがありすぎた。嫌な予感ほど良く当たるものである。

窓を少しずらし外を見るが、部屋の位置が悪いのか外の様子はあまり見えなかった。月が綺麗な晩だ。明りがなくとも十分に周りを見渡せる程度には。水面に移った月の影すら周りを明るく照らしていた。音はもう聞こえない。しかし先程のあの音は水練のものが船を登るときの音に酷似していた。

静かに窓を閉めると、枕元の刀を引き寄せる。しかしこの刀では天井の低い船内では逆に不利になる可能性も高い。懐の短刀を取り出し、刃を確認する。長曾我部の紋の入ったそれを強く握った。




***




慌ただしい音が甲板から聞こえる。あれから少しの間、船内は不気味なほど静まり返っていた。
その後、侵入者による恐らくは機関室の爆破。
火薬の匂いが船内にいてもなお少し鼻についた。主に帆で動かしている長曾我部の船とは違い(長曾我部の船も一部からくりでうごいてはいるが)、この船には魔動とやらで動いているらしく、その主原力となるらしいものが置いてある部屋があった。この世界の船が同じような作りをしているのならば、確実に狙うのはそこだ。そしてそれはこちらにとっての致命傷となりうる。


直後、ドォン…という低い音が響いた。ついで大きな揺れが船内を襲う。壁側により揺れによる被害を防ぎ、次いで続く大砲音に敵船が一隻でないことを知る。
音の出どころは広い海の上で響き合い特定はし辛いが、恐らくは囲まれているのだろう。戦艦とはいえそりゃこんなデカい豪華そうな船など、海賊どもから見ればいいカモだ。自軍の戦力が削られたとしても、堕とせそうであればその見返りは大きい。
ハイリスクハイリターンだが、それを踏まえての戦闘であれば相手の実力もある程度は高いと予測できた。奇襲であれば成功する可能性も高い。出港時からつけられていた可能性もある。

同じ一団か、いくつかのものが手を組んでいるのかは知らないが人手は多いに越したことはないだろうと、甲板に出るために部屋の鍵を開ければ、ヨザックが廊下の壁に背を持たれかけるようにして立っていた。


「どこに行く気ですか?姫さん」

「そんなに怖い顔をしなくても」

「今甲板に出る事は危険です。先程の音と揺れで不安になられたのは分かりますが、部屋に戻って下さりませんか」

「奇襲をかけてくる相手に、部屋にいる事が安全であるとも限らないと思うけど」

「船内には決して入れません。我が軍を舐めてもらっては困る」


ギラギラとしたヨザックの目は戦士の目だった。しかしその眼に宿る炎はひどく薄暗い。ヨザックの仕事は恐らくは忍のようなものなのだろう。しかし本来は武将タイプの人間だ。戦う仲間を見ていることしかできないのはひどく歯がゆく感じるのだろう事は容易に想像がつく。


「囲まれていて、なおかつ圧倒的不利であろうこの状況で?甲板に上がらずこんな所で、自分自身がそこまで重要であると考えていない人間の為に油を売っていていいと」

「っ、」

「そんなに心配であれば刀か銃を置いていってくれると助かるんだけど。」


目を見開いたヨザックに壁に飾られていた剣に視線をやり、これで戦えとか考えてんじゃないだろうなと案に微笑む。


「決して船内に入れないんでしょう。それにこんな狭い廊下でがたいのデカいあんたが最大限の実力で戦える?」


そう言っている間にも大砲の音と揺れは続いている。大半の弾がよけきることが出来ずに当たっているところをみると、戦況はさらに悪化しているようだった。ヨザックも同じように感じているのか、いらだたしげに廊下の先を見た。


「つーかここで護衛なんかしてたら誰か守らなければならない者が乗ってるのがまる分かりでしょうが。判断にそんなに時間をかけるな」


はよいかんかい、とヨザックが先ほどから迷うように手にしていた銃を奪い取る。弾がしっかりと入っている事を確認し、未だ戸惑うヨザックの立派な上腕二等筋をたたく。


「何かない限りは部屋に隠れて鍵を閉めておくと約束するから」


おら行け、と視線をやれば、ヨザックが弾かれたように走り出した。


「絶ッッッッ対に!!部屋から出ないで下さいよ!!!!」

「はいはい」


走り去る背中をしばらく眺めた後、のんびりと部屋に戻ると扉を閉めた。




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※書いている戦闘の知識とかは妄想の産物なのでかなり適当です

120712


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