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ヨザックの手からそっと渡されたピンク色の液体をしげしげと眺める。先ほどのヨザックに壮絶な痛みを与えたそれは、可愛らしい容器の中でちゃぷんと音を立てた
きっと自分にもヨザックを同等かそれ以上の痛みが与えられることは分かり切っていた。彼が何を根拠に自分には痛みがないと言っているのかは知らなかったが、どれだけ努力しても自分にはバサラの力は手に入らなかった。彼の言う魔力という言葉の意味は相変わらず理解できなかったが、きっとそれに近しいものなのだろうことはわかった。そして彼にはその力がないであろうことも。


「…ま、その後得られるものを考えたらそれに対しての対価は軽すぎるくらいよね」

「…姫さん?」


不審げにきいてきたヨザックにいいえと笑い、意を決して薬を口内に流し込んだ。
最初に感じたのは、ほのかな甘さ。見た目を裏切らない味に香り、それが喉を通りすぎたあたりでふと込み上げてくる嘔吐感にさぁ来たぞと覚悟を決めた。


「…ぁ、ぐ…ッ」

「姫さん!?」


まず始めに、焼けつくような喉の痛みが来た。舌を噛み切ってしまわないように、先ほど体を拭くようにと渡された布の端を口に含む。下手をすれば喉を掻き毟ってしまう恐れを感じ、すぐ近くに差し出された何かを考えもなく掴んだ。


「閣下!?」


遠くでヨザックが何か叫んでいるのが聞こえたが、今はそれどころではない。痛みは肺、呼吸器にまで広がっていた。息をするたびにひゅーひゅーと気味の悪い音が漏れる。布を噛む力を強め、痛みをやり過ごそうと強く目をつぶる。
刀で深く切られた時の様な焼けつくような熱を全身に感じ、一瞬意識を飛ばしかけたが、このくらいの痛みで気を失っていたらこれから先戦場に出ても役には立たないと自分を叱咤し、何とかつなぎとめる。女で、その上バサラ者でもない自分が戦場に立つにはそれなりの覚悟と力、努力が必要だった。その矜持をこんなところで捨ててしまいたくはなかった。
もはや意地の張り合いに突入していたが、はたから見ればそんなものは分かるはずもなく、真っ青な顔をして痛みをやり過ごすラシャの様子に、ヨザックはどうすることもできず、悔しそうに唇を噛んだ。

痛みは肺から内臓全体へと広がり、頭部にも到達していた。中から何かが突き破って出てくるのではないかと思わせるような頭痛に、ただ顔をしかめてやり過ごす。視界がだんだんとぼやけてきたのが分かった。

同時に襲ってきた激しい嘔吐感をこらえ、体をくの字に曲げる。しゃがみこみそうになる体を、大きな腕が安定させるかのように力強く支えた。そこで初めて自分が何も考えずに掴んだのは先ほどヨザックと会話をしていた上官らしき人物だと気づいた。彼が支えていたから自分は立っていられたのだ。それでも限界を感じてしゃがみこめば、彼もそれに合わせて地面に膝をつく。


「は、…ぁッ」


口を開けて息を大きく吸えば、噛んでいた布がばさりと落ちる。
しまった、と思ったがどうすることもできずただそれを目で追っておれば、何かが口の中に入れられる。驚いて顔をあげれば男が自分の指を口に含ませていた。何かを言って、私の頭を優しくなでた男の言葉は、もう少しで聴き取れそうな気がした。その時、ふと痛みが僅かではあるが和らいでいることに気づく。この男の言葉を聞き取れなかったことから考えれば、まだまだ痛みは続いてもおかしくはなかった。だが実際に、彼が撫でている個所から痛みがひき始めていた。


「な、ん…?」

「**、大丈*、***だ」


何か同じことを繰り返し言われた気した。もう少しで分かるのに、と纏まらない思考を繋げようとした瞬間、ぞわりと鳥肌がたった。一気に襲ってきた何かに、体がびくんと弓なりに反れ、何度か痙攣する。口の中に入れられていた指を強く噛み、彼が少しだけ顔をしかめたのがわかった。だがそれは一瞬で、すぐに背中を摩られながら耳元で大丈夫だと繰り返えされた。


「あ、は、…ッは、…」


それを境にあれほど激しかった痛みは嘘のように引いていった。残ったのは激しい疲労感と倦怠感。もはや指一本動かしたくはなかったが、いつまでも支えられたままというわけにもいかないと思い直し、がくがくと笑っている膝に力を入れる。


「無理をするな」


言葉がわかった。あの激痛に耐えただけの甲斐はあった。その事実に満足し、少しだけ体の力を抜く。疲労は激しかったが、立っていられないというほどでもなかった。


「…してないわよ」

「そんな青い顔をしてか?」


ヨザックも耐えて見せたのだ、私が耐えられなくてはどうすると薄く微笑んで見せれば、呆れた様な声が返ってきた。そのまま息を整えていれば何かふわふわしたもので顔を拭かれた。


「…汗がひどいな…ヨザック、」

「へいへい、もう用意してありますよ」


最初濡れていた衣服は、暖かな、というよりかは暑いと表現したほうが正しい気候のこの場所ではあまり気にしてはいなかったが、いざ言われてしまうと汗も性もありべったりと張り付くそれは些か気持ちが悪かった。
ヨザックに手渡されたものは黒い衣服らしきもの。この暑い中で黒を選択した彼に白い目を向ければ、それに気付いたのかヨザックは軽く苦笑した。


「我慢してくださいよ姫さん。姫さんはこの国ではトップにたつ御方なんですから、黒のお召しものを着て下さらないと」

「誰もトップに立つなんて言った覚えはないんだけど…ごちゃごちゃ言ってても始まらないし、まぁいいわ」

「さすが姫さん。物分かりがいいねぇ」


馬鹿にしているのかこいつは。軽くイラッときたが笑顔でそれを押さえ、衣服を受け取る。それは前に奥州の独眼竜が着ていた服によく似ていた。






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やっと長男と絡めた





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