07

にこりと笑って見せた男は、意を決したようにピンク色の液体を飲み干した。その意気込みを、今ならあっぱれと素直に褒め称えたいと思う。

目の前で苦しみ始めたオレンジの君に、やはり毒薬、とは思ったが、それならば何故私に飲まさず自らが先に飲んだのかが分からなかった。力尽くにでも飲ませてしまえば良かったのだ。もしくは先ほど、剣を向けられたとき助けなければ。
あの薬は自分を殺す、もしくは害するために用意されたものではないのかもしれなかった。そもそも助けた上で抱く薬を飲ます意味が分からない。自分が長曾我部軍の軍師であることがばれているのならば、飲ませる薬は毒薬の前に自白剤であると考えられた。どちらにせよ、男がこの薬を飲むメリットは何もないのである。

なんとか倒れずに立ってはいるらしいが、顔は真っ青、唇は紫色で、脂汗がひどい。それも薬を飲んで苦しみ初めてから結構な時間が経過している。これは相当きついのではないだろうかとのぞき込めば、うっすらとほほえまれた。見上げた根性だ。うっかり長曾我部軍に欲しくなってしまった。


「これじゃますます私が飲まなくなるのは明白なんじゃない?」

「…そうでも、ない、と、思います、よ」

「!え、あ、」


耳を疑った。彼が息も絶え絶えに言った言葉が。私の耳に入った言葉は、


「日本語を、」

「姫さんのいた国は日本というのですか」

「あ、いや、あぁうん」


先ほどまで意思の疎通もできなかったオレンジの君から聞こえるのは、流暢な日本語。考えられる要因は明らかだった。


「あぁ、さっきの薬は」

「頭の回転の速い方で助かりますよ」


馬鹿にしているのだろうかこいつは。脂汗を流しながらも先ほどよりかは元気を降り戻した彼の手から薬を受け取った。


「で、身を犠牲にしてこの薬の効果を?」

「…まぁ、そんなとこです」


おそらくは上官の命令もあったのだろうが、飲めば激痛に襲われると知っていた上でこの男は薬を飲んだのだと思われた。先ほどの事も演技には見えなかった。


「名前は?」

「グリエ・ヨザック。この姿の時はグリ江ちゃんって呼んで?」


くねくねと腰をくねらせていったオレンジの君改めグリエ・ヨザック。彼の体力は一体どうなっているのだろうか。あれだけの苦しみの後だというのに何事もなかったかのように笑っている。しかし疲労自体はとれてはいない様に見えた。おそらくは気力、弟風に言えば根性、男の意地、というやつなのかもしれなかった。


「長曾我部ラシャ。好きなように呼びなさい」

「いやいや俺なんかには恐れ多いですよ姫さん」

「私が貴方を認めたんだからいいわよ別に。文句言うやつがいたらぶっ飛ばしなさい。私が許す」


少しだけ、ヨザックが目を見開いた気がした。
それに気づき、自分の失態に気がつく。

(しまった)

日本語を聞いて気が緩んでいたのか、いつもの調子でしゃべってしまった。つまり普段私が部下に物を言うときの話し方で。先ほどの薬が毒薬や自白剤ではないとしたら彼らは私の存在、立場、そして長曾我部軍の情報を所有していると言うことを知らない事になる。口調で自分の立場、役職を知られるなど失態でしかない。ここがどこかも分からない今、何も知らない、何もできない無力な女子供を演じるべきであったのだ。
気づいていないことを祈りつつ(恐らくは気づかれた。彼は賢い)無理矢理でも話題を変えることにした。


「で、その薬は私が飲んでも痛い思いをしなきゃいけないの?」

「え、あぁ、いえ。姫さんが魔族なのは確かですし、双黒なので魔力はあるとでしょうから大丈夫だと思います」


今聞き捨てならない単語が軽く飛び出した気がする。私が魔族?というかそもそも魔族って何だ。響き的に、南蛮人が言っていた悪魔のようなものと考えてもいいのだろうか。しかしそれよりも。


「…さっきから気になってたんだけど、その姫さんって何?あと魔族だか悪魔だか知らないけど南蛮の信仰対象と私を一緒にしないでほしいんだけど」

「南蛮?何ですかそれ」

「はぁ?」


お前らのことだろ!そう叫びたいのを飲み込んで押さえた。お互いの会話が全くかみ合っていない気がした。







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