▼背中を押させて。



夜が怖くなった。一人では眠れなくなった。いつからそうなってしまったかは、明確には覚えていない。
こちらに来てすぐの頃はどうだったのか、思い出してみて直ぐに思考を打ち消した。夜が来る度に子供のように泣きわめく私の傍に、アーダルベルトさんは怒りもせず、ずっとそばにいてくれた。眠るどころではない。今思い出しても顔から火が出そうだ。根気がありすぎる。

夢見が悪いと言われてしまえばそれまでだが、眠ってまたあの地獄を見るのは嫌だった。夜明けまでじっと布団の中で息を殺し、明るくなった頃、少しだけ眠る。気絶するように。
顔色の悪い私の様子で気が付いたのか、見かねたアーダルベルトさんからの提案で彼と同じベッドで眠り出してから、なんとか浅い眠りではあるがとれるようになった。親と一緒に眠る幼い子供のように、怖い夢を見ないように、あの人と共に眠る。良い歳をした大人の男女が、何もせず、ただ身を寄せあって眠る。普通に聞いたらおかしいのかもしれない。それでも私は、あの人の優しさ甘えていた。黙って抱きしめてくれる大きな腕に、安心した。アーダルベルトさんが、その、私のことをそういう意味で抱きたいというのなら、性欲処理としてでも、役に立つのなら、別に良いかなぁとは思うが、今のところただ私が甘えているだけの形になっている。
だから、これ以上迷惑をかける訳にもいかないだろう。大の大人が1人で眠ることを渋って大好きな人に迷惑をかけるなんて、あってはならない。

「大丈夫ですよ、お仕事なんですから、仕方ないです。お留守番は任せてください」

聞き分けがいい子にならなきゃ。彼に迷惑をかけるなんて私は私を許せる気がしない。彼に嫌われたら私はこの世界にいる資格もない。1週間。そう、たったの1週間だ。アーダルベルトさんはお仕事でここを離れる。
そもそも、1週間のお留守番の心配より帰ってきてくれるんだろうか…という心配の方が先立つが、それは考えなかったことにする。彼が1週間で戻るというのなら、そうなのだ。きっと戻ってきてくれる。それに私はいつもちゃんと、言葉にして伝えている。私がいらなくなった時は、きちんとそう言ってくださいと。そんなことより、アーダルベルトさんが怪我をしないようにとか、そういうことを心配しないとダメだ。きっと彼の仕事とやらはそんなに、安全なものでは、ない。

「ちゃんと戻ってくる、心配するな」
「こういうときは、ご武運を、というのでしたっけ」
「、そうだな。なぁ、本当に」
「大丈夫ですって。ちゃんと1週間、良い子で待っていますから」
「ああ。……行ってくる」
「いってらっしゃい、お気をつけて」

何度も振り返る背中をぽんと、押して、精一杯の笑顔で。私の事なんかで、仕事をしくじっちゃだめです。あなたはあなたの道を歩んでいかなきゃ。前を見据えて何かを決意した時の、あの顔を、私はちゃんと見ていたのだから。


2019/03/04


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