▼思っていること。 「アーダルベルトさん」 「どうした?」 「あの、お昼ごはんが・・・」 「分かった、すぐ行く」 返事を確認して彼の部屋から離れる。何か難しそうな本を読んでいた彼の邪魔をするのは忍びなかったけれど、お昼時だ。 アーダルベルトさんはどちらかと言えば肉体派な外見をしているけれど、こちらの政治情勢にも詳しいし、さっきみたいな難しい本もよく読んでいる。というか、何か政治的なことに絡んでいることをしてるんだろうな、ということはうっすらと分かっていた。 でも私は何も知らないふりをする。彼は何も言わない。それなら私も余計なことをきかない。暗黙のルール。 「オムライスか?」 「はい。こっちにもオムライス、あるのか分からなかったんですけど・・・」 「おー、あるある」 返事をしている彼はすでにオムライスに視線を持って行かれている。彼はこの外見で意外と子供味覚だった。ハンバーグにカレーにオムライス。男の人とは得てしてそういうものが好きとは聞いたことがあったけど、ここまで似合わない人も珍しい。 向かいあってテーブルに座って、いただきます、と手を合わせる。オムライスのてっぺんにたてた小さな旗を崩さないように、そっとスプーンを入れた。 かちゃかちゃという食器の音と、飲み込む音。それだけだ。それでもどこかのんびりとした空気に、安心する。 いい天気だな、とぼんやりと思った。この家に来てから一回も外に出てはいないから、あまり天気のことなんて考えていなかったけれど。出てもベランダで洗濯物を干す時だけだ。そういう面では天気を気にしても、それ以外で意識が向くことはなかった。 開けた窓から、さわさわと、森の音が聞こえる。涼しい風が頬を撫でた。 「外に出たいか?」 びくりと肩がはねた。まるで心を読んだかのようなタイミングで。彼の方をむけば、まだもぐもぐとオムライスを頬張っていた。私がぼんやりしているうちにおかわりを済ませていたらしい。 「いえ、」 「外は怖いか?」 「・・・はい、」 「そうか」 はたから見たら監禁、に近いのかもしれない。それでも檻の中は、私にとってどこよりも安全で、安心できる場所だった。だから、心配げな彼を安心させるように小さく微笑む。 「お洗濯ものを干すにはいい日だな、って思っただけです」 「・・・そうだな」 ごちそうさま、という声とともに、彼が席を立つ。 いただきます、ごちそうさま。私の、私の故郷の習慣はいつの間にか彼にも移っていた。それが少しだけくすぐったい。 お皿を片付けて、お茶を煎れようとコップをとる。私はアーダルベルトさんについては何も知らない。でも知っていることもある。紅茶よりコーヒーが好きだとか、コーヒーに砂糖は入れない、でもミルクをほんの少し入れたのが好きだとか、でもその割に甘い物は好きだとか。 そんな小さな事だけど、ちゃんと知っている。それで十分だ。それ以上を望めば、きっとバチがあたると、そう思った。 * 名前の背中を、気づかれないよう後ろから眺める。 どうやらコーヒーを入れてくれるらしく、ぱたぱたとキッチンを動き回っている。 その背中に、無意識だろうがたまに寂しげな顔をする名前に、少しだけ申し訳なく思う。 監禁に近いことをしているのは分かっている。それでも文句のひとつ言わない彼女に、やはり故郷が恋しいかと、できるだけ彼女の生活習慣にあわせた。いただきます、ごちそうさま。最初は不可解だった挨拶だって、意味が分かれば納得できた。 名前の作る飯を食って、煎れてくれるコーヒーを飲んで。ここしばらく味わったこともなかったぬるま湯につかっている。しかし嫌な気はしなかった。 名前はよく気を使う。そして話の話題も選んでいるように感じる。選んでいるというより、何かタブーのように俺の仕事や、そういった事の話を避けている。 なんとなく、感づいているところもあるのだと思う。女はいつだってそういったことに敏感な生き物だ。しかし、それでも、確かに話すことができないこともあるが、聞かれれば答えるくらいの事はする。言ってくれたら答える。 そしてきっと名前が思っている以上に、俺はこいつの事を知らない。 俺が知っていることといえば、こいつがユーリ陛下と同じ地球とやらから来たこととか、何か極端に劣等感を抱いていることとか、それでもちゃんと芯は通っていることとか。俺に対し安心したような笑みをみせること、一人で眠るときはいつもうなされている事。まだある。 でもそれは二人で暮らし始めてから知ったことだ。それ以前の事は全くと言っていいほど知らない。 こちらに来た時に事を思い出すことは精神上あまりよくないと思い、俺自身この話題を避けていたこともある。こちらの世界で、言葉もわからない、何もかも分らなかったこいつがどんな状況でどんな目にあったかなんて、一目でわかった。雨の中うち捨てられた体には殴打のあとに、きっと複数人にだろう、犯されたあと。それを知っていたから、なおさらだった。それを名前も敏感に感じ取ったのかもしれない。 だが、もう少し歩み寄ってもバチは当たらないだろう。出されたコーヒーを口にしながら、そう思った。まだ、時間は必要なのかもしれないけれど。 *** 130225 お互いに気を遣いすぎてすれ違っている二人。 というか今更だけどアーダルベルトの口調がわからない() index ×
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