第十八夜 | ナノ

十八夜

―彼らはきっと知らない、全てを






 "ま、お前にやってもらうことは伝令とか…主に使いっ走りだがな。…覚悟しとけ"
 そう言った土方さんの姿はきっと私たち本物の鬼以上に鬼だった。

 私は"徳川第十四代将軍・徳川家茂公上洛に伴い公が二条城に入られるまで新選組総力をもって警護の任に当たるべし"と要請を受けたみんなについていくことになった。
 これはきっと、新選組が認められてきた証拠。みんなが喜ぶ気持ちも分かる気がした。
 鬼副長にお前はどうするのかと尋ねられ、私は成り行きで思わず返事をしてしまった。 
 …これ以上人間の争いに巻き込まれるのはごめんなのだけれど、まあ仕方ない。気合を入れ直して私は伝令に走る。

 何度か往復したところで、ふと背中に殺気を感じ、私は後ろに数歩飛び退いた。
 ―――この、気配は。

「…またあなたですか。懲りない人ですね…!」

 不快感だけが脳裏を占める。
 いつもいつも、どうしてこの人は重要なところで私たちの邪魔をするのか…。
 …ふと目線を向ければ、風間の近くに二人ほどの影が見えて、私は彼らを一瞥しながらも脳内で情報をつなぎ合わせる。
 彼ら全員の容姿については私は新選組のみんなから情報をもたらされていた。
 風間の隣にいる冷静そうな男の人は天霧九寿。彼については私も前々から情報を得ていた。
 そして、もうひとりは…確か、原田さんと対峙したという不知火匡。彼については情報は耳にしたことはない。きっと政には関わらないタイプなんだろう。
 私が向けた殺気に天霧さんと不知火さんが怯む様子が見て取れた。

 ―――兄様の話によれば、私の殺気はとても鋭いものらしい。
 普通の人なら私の少しの殺気でも腰を抜かすと言われるくらい。…理由はただ一つ、殺意しか湧かない対象であるから。
 前も話した気がしなくもないけれど、私は新選組に軟禁されるまで人間は全て同じだと思って接していた。
 だから、不逞浪士を斬るときにさえ罪悪感は湧いたことがない。むしろ殺意しか湧かなかった。
 そして、目の前の三人も…私の排除対象だ。本気の殺意を向ければ、それはいつしか殺気となって相手を怯ませる。
 池田屋で私の殺気を少し受けた風間さんだけはなんともない表情でこちらを見据えていたけれど。

「…私に用ですか?っていうか私にしか用はないんですよね」
「………」
「私を連れて行くつもりで?…それ、やってみてくださいよ。どうなるか分かりませんから」
「怖ぇ女だな。流石江戸育ちってとこかぁ?残念だったな風間、振られちまったぜ?」

 …前にも伏線はあったかもしれないけれど、説明はしたことがなかったっけ。
 私たち北に住む鬼には特殊能力を持つ鬼が多い。
 あるものは治癒であったり、またあるものは炎を発生させたり。あるものは死んだ人物を蘇らせたりして。
 けれど、その能力には制限や代償がつきもので、治癒をすれば代わりに体力を奪われ、炎を発生させるには媒体となる符が必要となったり、死んだ人物を蘇らせなどすれば自分の寿命の半分が削られることになったり。
 だから、皆は好き好んで自分の持つ能力を使ったりはしなかった。
 私も、そんな特殊能力を持つ鬼の一人であり…そして唯一の雪村家の純血種ということも作用したのか、私の力は数種類にも及ぶ。
 その中に治癒はないけれど、…寿命を伸ばすことが可能な力は存在していた。その代償は自身の血液らしい。
 
 まあ、それは余談だ。
 彼らがもしこちらへ攻撃してきたのなら、本気で粉砕してやろうと思っているから手には数枚符を隠し持つ。

「お前を連れて行くことに同意は必要としていない。女鬼は貴重だ、共に来い――」
「お前も南雲と一緒の思考なんですね。すごいイラつきます」
「おおっと、顔が怖ぇぞ?風間、本気で危険なんじゃねーの?」

 とか言いながらも不知火さんは不敵な笑みを浮かべて私に殺気のこもった視線を向けた。
 …さっきのお返しってところなのかもしれないけれど、あいにくその程度の殺気なら浴びなれているものでして。
 どうせ、ここで拒否しても結果は同じなら。

「まずは――この一閃を避けてみてくださいよ」

 これは、人間の姿を取った私の本気中の本気の速さ。
 あえて風間さんではなく、不知火さんに斬りかかったのは……まだ早いと感じたから。
 まだ、風間さんは攻撃しない。最後の最後に刀ではなく自分自身の生まれ持った力で攻撃を図る――それが目的。

「…………が…っ!?」

 横薙ぎに刀を振るえば、不知火さんの脇腹に逆刃にした刀が深く抉るように一閃する。
 そのまま不知火さんの体が数メートル飛ばされたところで、彼は受身をとりなんとか衝撃をまぬがれた。
 きっと私の刀が逆刃でなければ、彼は受身を取ることさえできなかったかもしれない。
 …私がここで人間の姿でなく、鬼としての姿で攻撃できたなら…きっと、胴体が真っ二つになっていたかもしれないな、なんてことを考えながら、私は不知火さんに目を向ける。

「これが、私の本気の一閃です。…そして、私の符はこれ以上の速度で相手に向かって飛ばされますので気をつけてくださいね?」
「………げほっ……けほ、げほっ……。………す、すげぇなお前…女に打ち込まれたのは生まれて初めてだぜ」
「その初めてになれて光栄です。…さて、次はどちらを相手しましょうか…?」

 にやりと不知火さんに向けて笑えば、彼もまたにやりと笑みを返してくる。
 …あ、意外にこの人とは合うかもしれない(いろんな意味で)

「天霧、下がれ。…俺が直々に相手をしてやろう」
「丁度いいです。今ここでその憎たらしい顔を見れないくらいにはしてやります…!」
「風間、そいつの本気は本当に速ぇぜ。…多分、こないだの池田屋とは比べ物にはならねぇぞ」

 そう不知火さんが風間さんに忠告した瞬間、風間さんの瞳が面白そうに細められたのを私は見逃さない。
 ……不知火さんの言うとおりだ。この間の池田屋では室内ということもあり、本気の一閃を打ち込むことができずにいた。
 しかし、今は野外でしかもとても広い敷地内。ここなら間合いだってかなり広く取れるし、地面の質も悪くない。
 戦いには持ってこいな敷地だと思う。

 地面を音も立てずに蹴った瞬間、私の視線は風間さんの刀にだけ集中していた。
 …まず狙うのは刀だ。もしかしたら、彼の刀と同時に私の刀も折れるかもしれない。
 けれど、そんなことは気にもならなかった。
 そして、先ほど不知火さんに浴びせたくらいの速度で打ち込めば、刀と刀がぶつかり合って火花が散る。
 やはり、風間さんの刀も安めの代物なのだろう。今の一閃で亀裂が入ってしまっている。

 ―――そう言えば、西の鬼は腕力が強いのが特徴なんだっけ。そして、頭領格はその強さが謙虚に現れる―――。
 このまま鍔迫り合いに持っていけば、力勝負で負けるのは私だとわかっているからすぐに間合いを取り直した。

「…この俺の刀に亀裂を入れるとはな。思ってもいなかったぞ、雪村千鶴」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めたつもりはないが」

 そんな普通な会話に聞こえる会話も、両者の表情を見てしまえば普通には取ることができないだろう。
 険悪な雰囲気が漂ってきたところで、私は三人分の気配を感じた。

「……おいおい、こんな色気のない場所、逢引にしちゃ趣味が悪いぜ…?」

 …原田さんが私たちの間に割って入る。
 風間さんの表情が不機嫌そうに歪められるが、それを気にする私たちではない。

「……またお前たちか。田舎の犬は目端だけは利くと見える」
「…それはこちらの台詞だ」

 ――斎藤さん。
 槍と刀を抜き放った二人が私の前に立った。
 …私の状況に気づいてくれた。そんなほんの少しのことでも、今の私には嬉しく感じられる。
 そして、私の後ろからやって来た土方さんが私に下がれと目で命令する。
 私は残る意味もないから、そんな土方さんの命令に素直に従った。

「ほう…お前たちには雪村千鶴以上の立ち回りができるのか」
「…?それはどう言う意味だ」
「俺の刀に亀裂を入れるくらいの一閃を打ち込めるか」

 …三人の視線が交互に私に向けられるのが分かる。
 どういうことだ、と土方さんに目で問いかけられたから、私は実際に見せて示してみることにする。
 刀を構え、音も立てずに地面を蹴り、一瞬で風間さんの間合いに入り込む。…速さについては先程以上だろう。

 思い切り刀を右に薙ぎ払えば、風間さんの刀と私の刀がまたもやぶつかり合う。
 …彼の刀の亀裂がさらに広がった気がして、私はもう一撃食らわせてやろうと間合いを取り直すつもりで後ろに飛び退いた。
 ――刹那、私ではないほかの人物の刀の一閃が青白い軌跡を描く。
 また、風間さんの刀が火花を散らした。

「ずる賢い犬め…!あれが作る隙を狙っていたというのか!」
「言っておくが、雪村千鶴は今現在新選組預りとなっているんでな。…生憎だが一応雪村はこちら側だ」

 一瞬だけ土方さんと目が合った。
 その時、彼の考えが読み取れたから――私は茂みの方へ数歩飛び退く。
 そこにいたのは山崎さん。黒い装束をまとい、風貌的には忍者としか言い様がない姿でこちらを伺っている。

「………わかってます。屯所に戻れってことですよね」
「ああ。…わかっているならいい。行くぞ」
「はい」

 そして、私は山崎さんについて駆け出した。




*(20130401:公開)


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