04. ―――始まりは、既に。












 ―――カツン、カツン、と靴が鳴る。
 煌びやかな会場を手前に、主催である今井蛍、日向棗、佐倉蜜柑が続いて足を踏み入れ、止まる。
 その瞬間、会場が一瞬波を打ったように静まり返った。突き刺さるような目線が痛い。しかし、それのほとんどは一際目立つ、蜜柑の主――日向棗に向けられていた。

「こっちよ、ぼけっとしないで付いてきて頂戴」
「……嗚呼」
「………………」

 蛍が動き出すと、だんだん会場に再びざわめきが舞い戻った。蜜柑は周りに目線を配りながら、棗について、来賓席へと向かう。
 基本、このパーティは立食タイプだ。しかし、特別な来賓にのみ、席とテーブルが用意されていた。
 そして棗と蜜柑は案内された席へ座る。蛍がその真ん中へ座れば準備は完了だ。

「さて、と。話から始めるわ――」
「おい、こんな公衆の面前で話なんてしてもいいのか?」
「嗚呼、それについては大丈夫。結界師を呼んであるわ、声はシャウトされるから安心して」
「…………結界師?」
「ええ。それがどうかしたかしら?」

「……いえ。お話を続けてください」

「……そう。じゃあ……話す前に小腹が空いたわ。蜜柑、かにみそとハマグリといくら、取ってきてくれない?」
「え……あ、はい」
「……おい」

 言われるがまま、蜜柑は席を立つ。この豪華なパーティに引けを取らないようにと着た軽めのドレスがふわりと舞う。
 そして、ちらりと棗を見、蛍に目を向ける。――目が、合った。

(嗚呼、なるほど)

 ぺこりと一礼し、踵を返す。一歩、二歩、三歩……と進んでいくうちに、ざわめきの中へ飛び入った。
 そして、少し進んだところで足を止める。振り返れば、遠目に二人の姿が見えた。二人の中は遠目で見ている今でもわかるくらい、よろしいとは言えない。
 しかし、今はそれはどうでも良かった。ただ、ひとつの事実を確認できたことが蜜柑にとっては少しでありながらも大きな収穫。

「……えっと、かにみそにハマグリ、いくらっと……」

 蛍がご所望の3つの高級食材。これを貴族たちはごく一般に食しているのだろうか。
 まあ、自身も貴族のパートナー、従者のひとりであるからわかっていることだけれども。それでも……差は、ありすぎた。
 棗と蛍のご飯の差というわけではない。そういうわけでは決してない。
 しかし、一つの"差"を見せつけるには、この料理の品々は豪華すぎた。

「……ま、今は関係ないか」

 そう言って皿を四枚手に取った。

(かにみそ、はまぐり、いくら。肉厚ステーキもあるからそれをおまけで入れておこう)

 そして、皿を器用に持ち、蜜柑は席へ戻ろうと踵を返す。
 ――― 一瞬だった。




 ―――……ドンッ!


「うわぉっ!?」
「っっ」

 ――金髪ふわふわロングヘアー。
 ……が、目の下に居た。

 お人形さんの髪の毛もこんなサラサラだったなあー。

(……って違う!)

「……えぇー……?」

 一つだけ、疑問が浮かんだ。

 ―――この子は、どこから現れた?

 蜜柑は先程会場をぐるりと見渡して大体の人物像は確認した。しかし、その中にこんな金髪ふわふわフランス人形みたいな子はいない。

「……っっ」
「……けて……」

 ―――え。

「……たすけて……っ」

 蜜柑は混乱した。いきなり助けを求められて、どうしたらいいのかすぐに判断できなかった。
 そして手に持った四つの皿。いい加減鍛えているとはいえこの量を支えているのは辛い。

―――どうする?

(送ってしまえばいい!)

 そう思って、しかし思いとどまる。

『それについては大丈夫。結界師を呼んであるわ』

 ―――そうでした、蛍様がそうおっしゃってましたね……。
 がっかりしている暇はない。今蜜柑の中では様々な格闘が起こっていた。目の前の少女を取るか、腕の痛みを取るか。

 二つに……一つ。

(いや両方でお願いしたいです……。結界さえなければいいんだけど)

 しかしどうしよう。もういい加減腕が痛みで張り裂けそうだ。

(……うん? ……そうだ、これって確認するチャンスじゃ?)

 いやでもさらにややこしくなったら困るので。
 
 結論:席に置く前に話をしよう。



「……どうしたの?」
「お姉さん、【従者】なんでしょ……?」
「え」
「お願い、助けて、皆が、皆が……っっ!!」

 透明な雫が――舞う。

「皆があのひとに殺されちゃう……っ!!」





 一瞬だけ、彼女の姿が自身と重なった気がした。




*









思い出してしまわないよう、蓋をしていたはずなのに。

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