02.白と黒(あなたのご命令とあらば)





 

 この国は、二つの存在で成り立っていた。


 一つは、力を持たないにも関わらず、『主』として君臨する者。

 もう一つは、力を持っているにも関わらず、『従者』として主に仕えなければならないもの。





 ―――そして、この二つの存在は、決して相容れない存在である。




***




「棗様」
「なんだ」
「私はどうしてこんな風にあなたに布団に引きずり込まれているのでしょう」
「眠いからだ」
「離してくださいませんか。これでは、朝餉の準備ができません」
「別にしなくてもいい。……黙って、寝てろ……」
「とか言いつつ棗様が寝てるんじゃないですか。酷いです、酷いです、巻き込まないでください」

 ぐいぐいと肩口に顔をうずめる棗の肩を押す。しかし、腰に巻きついた彼の腕の力は予想以上に強かった。
 離れようならば、絡まる腕はさらに強くなり、逆に蜜柑が苦しい思いをするだけ。そんなやり取りを、かれこれ10分は続けていた。
 仕方なく、蜜柑はあきらめる。こういうときに潔い彼女の、その潔さに棗が――彼がつけこんでこんな風に逃げられないようにしているとは知らずに。
 結局、蜜柑はなんだかんだ言いながら棗に甘い。それは、棗が蜜柑の『主』であるから、という理由だけではなく、小さいころから傍にいた幼馴染の習性といえば、習性だ。
 穏やかな寝息が聞こえてきて、蜜柑はほっと息をつく。今日はどうやら"悪い夢"は見ていないようだ。安心して、普段は見せない小さな笑みを浮かべた。

「…………」
(はずれない……)

 しかし、寝ていても棗は棗だった。腰に絡まった腕から抜け出すなら今しかない―――と、急いで抜け出そうとしたのだが。
 本当にコイツは寝てるのかと疑いたくなった。それほどまでに、蜜柑を抱きしめる腕は彼女を開放しようとはしない。

「……うーん」

 どうしようか。
 このままでは朝餉の準備ができない。棗はこの城の城主でもあるため仕事は山積みだ。しかし疲れている彼をもう少し寝かせたいとも、思う。
 ここで鬼になりきれないのがやはり蜜柑だった。

「……棗様」
「…………」
「離してください」
「……やだ」
「やっぱり起きていたんですね。……今日は、棗様の好きなメニューにしましょう。何がよろしいですか?」
「蜜柑」
「分かりました、みかんですね。というわけで離してください。私は山へ芝刈りに―――」
「みかんの為に何で山へ芝刈りに行く必要がある。しかも山には雑草はあっても芝は無いぞ。そして分かっているくせにボケるのもやめろ」
「じゃあ私は海へ洗濯に」
「バカか。服を潮の香りで染めるつもりか。それ以前に塩のせいでべたべたする。そんなものを俺に着せるつもりか」
「棗様ならきっと着れます。着れますよね?着れないなんて言わせませんよ、着れるって言え」
「……ふざけるのもそこまでだ、蜜柑」
「はあい」

 くすくすと蜜柑が笑う。分かっていて遊んでいたのだ。それは棗も分かっていること。
 上半身だけ起こし、いまだに離れない棗の滑らかな黒髪を手で梳く。さらりと零れる漆黒は、それはそれは美しかった。

「今日も、仕事の依頼が来ているようですよ」
「どこからだ?」
「……あの世界的に有名な、"今井グループ"のお嬢様から、だそうです」

 ピッ、と一瞬の後、蜜柑の指の間には一通の純白の封筒が挟まれていた。棗はそれを見て目を細める。

「珍しいな、今回は"白"の仕事か」
「そうらしいですね。……パーティーとか、そんなところでしょうか」
「白ならば、主従という関係で行くのは良くねぇな。……蜜柑」
「はーい。分かってるっていつも言うてるやん、棗」


「開始時刻は今夜の7時。とりあえず、それまでに準備はしておけ」

「了解」


 にやりと口角が自然に上がる。
 そこで湧き上がるのは、好奇心。




*





わがままでも、意地悪でも、私の大切な【主】なんです。


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