01.彼の目的と利害の一致、そして契約(それら全てが、私を縛る鎖)






 

 巡り巡る世界で、初めてあなたに恋をした。



**





 ―――ガシャンッ!!
 
 淹れたばかりのコーヒーが床に飛び散る。それが入っていた美しいティーカップは見るも無残に粉々になっていた。
 それを持ってきた彼女は『またか』とため息をつく。全く、片付ける身にもなってほしいと切実に願った。
 無言でティーカップの欠片を拾い集める。手に持ったナプキンの上に、欠片を丁寧に置いていく。彼はそれをただ黙って見つめるだけ。

「………」
「………」

 沈黙が苦しい。少女は眉間にしわを寄せ、唇を引き結ぶ。こんな表情になったのは久しぶりだ。
 まさか、今更になってこんな態度を取られるとは。

「……せっかく流架様から頂いたティーカップでしたのに」
「……文句があるなら言えばいい」
「後悔先に立たず、ですよ。もう遅いです」
「お前なら、直せるんじゃないのか?」
「誰が。私は直す気はありませんよ。棗様が壊したという事実は変わりませんし」

 ぎろりとにらまれた。ああ怖い怖いと嫌味に笑えば、彼の表情がゆがむ。
 
「いくら私と言えど、万能ではないんです。諦めてくださ――痛っ」

 ティーカップの破片をつまんだ瞬間、指先に鋭い痛みが走った。欠片を置き、指先を見やる。
 一直線に紅い筋が描かれ、ぷつぷつと深紅がこぼれた。すう、と目を細め、少女はそれを舐め取る。

「気をつけろ。破片といえど、凶器の一つだ」
「知ってますよ。でも、この程度の傷であれば――」

 指を唇から離す。先ほどは紅い筋が走っていた指先に、その跡は残っていなかった。

「ほら、ね?」
「……何が言いたい」
「棗様は何に怒っているんですか?自分自身に?家族に?――それとも、隠し事をしていた私に?」

 クス、と笑えば、棗の眉間にしわが一筋増えた。それを見て少女はまた笑う。

「そのお歳で小父様方のようになられるおつもりですか?」
「………」
「棗様」
「………うるせぇ」
「不機嫌と、ティーカップを壊した理由が私なのであれば、私はすぐにでもここを立ち去れますが」
「そんなことは命令していない」
「じゃあ、その眉間のしわをなんとかしてください」

 ティーカップを片付け、少女はもう一つカップを手に取る。受け皿にそれを置けば、棗は驚いたように振り返った。

「それは……」
「こちらは流架様から頂いたティーカップになります」
「……じゃあ、さっきのは」
「あれはレプリカですよ。今の不機嫌さなら壊しかねないと、そう判断しましたから」
「………」
「今はおとなしくしていてください。まだ棗様の動く時ではありません――もちろん私もですが、ね」
「蜜柑」
「はい、何でしょう?」


「―――"命令"だ」

 
 棗の長い指がパチンと鳴らされた。
 手のひらからトレイが離れていく。それを目で追いながらも、蜜柑には手を伸ばすことも、それをつかむこともできなかった。


「……………」
「何も言わないのか?」
「言わないのではなく、言えないのですが?それより今鼻で笑ったのが気に食わないですね。私を動けなくしているのは棗様なのに」
「それが"契約"だろう?――蜜柑」
「……性質が悪いですね。私などよりもあなたの方がこちら側に相応しいのでは?」
「まあな。……もし俺がお前と同じ『存在』になれば、お前は手に入るのか?」
「それは棗様次第ではないでしょうか。というより、棗様の手中に収まるような真似は致しませんのでご安心を」
「意味を分かっているのか、お前は」
「さあ?」

「まあいい――だが、これは命令だ」


 カシャン、と鎖が音をたてた。


「お前は、絶対に俺の傍から離れるな」

「……御意」


 少年の黒髪と少女の亜麻色の髪が揺れる。舞い上がった風は、まるで試合開始のゴングのよう―――。



(彼の目的と利害の一致、そして契約)
(全てが私を縛る鎖だ)



*






でも、そんな彼は。



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