第拾六幕
――滑稽なのは、道化か、それとも……
「千鶴……っ!?」
「総司!いつまでも何やってんだ!」
その声に、千鶴はハッとした。自身を見つめる翡翠はまだそこから動かない。
聞こえた方を振り向けば、黒いローブを纏った者たちが周りを囲んでいる。あの斎藤も少しだけ焦ったような、そんな表情をしていた。
「どうしましょうか?」
「とりあえず、僕らはここから援護するしかないね。千鶴ちゃんは向こうに回って」
「はい」
風の流れを掴み、千鶴は地面を蹴った。ふわりとそれに乗せられて、不安定さも無く宙に浮く。
「……白、ねえ」
「へ?」
「君、もう少し女の子として自覚持った方がいいんじゃない?まあ僕はそれでも全然構わないけど」
「はぁ……?」
言っている意味が分からず、千鶴は首をかしげた。そして、今の位置関係に気付く。
千鶴が風に乗り、上。そして沖田は先ほどと場所が変わっていないから、下。
そして、千鶴の服装はなぜか制服。イコールスカート。
それに気付いてしまえば―――
「きゃあああああ!沖田せんぱ……っっむぐ!」
「ほらほら騒がない騒がない。あんまりうるさいと、今度は君が標的になっちゃうよ?」
「うう…っ!」
落ち着いて落ち着いてと言う割には楽しんでいるように見えるのは気のせいなのか、否か。
そして沖田は千鶴の隣に浮かんでいる。
「移動したんだし、文句はないでしょう?」
「そんな問題ではなくてですね……!」
―――ザッ
千鶴が言い返そうとした時、腕を何かがかすった気がした。かすったところが、熱く感じる。
それを見た沖田の表情が一変する。それを千鶴は人事のように見つめていた。
熱さの後に感じたのは、痛み。その痛みに手を伸ばして触れて見れば、触れた手のひらは紅く、紅く染まっていた。
『余所見をするからいけないんだ』
先ほど、聞こえた声と同じ声。千鶴はハッと振り返る。
『"闇"は、他のどの属性よりも秀でているんだよ……!』
あはははは!と狂ったように笑う。黒いローブがとても残酷に見えた。
瞬間、肩を引かれる。痛む左腕を右手で押さえながら、千鶴は暖かいそれに身を預けるような形で寄りかかった。
左手が、前に突き出されている。じゃら、と鎖の音がした。
「……懐かしいなあ、君達。そして相変わらずうざったいよね、"なりそこない"の癖にさ」
「……!?」
「この子に手を出していいと思ってるの……?"本物"にもなれない"なりそこない"が」
「おきた、せんぱ」
「久々の再会がこんなシチュエーションで、僕としては嬉しいなあ。ね、そうでしょう?」
「や……や、め」
「"黒ノ囃子唄"さん?」
『あはははははははは!!!』
狂ったように、彼らが笑い出す。面白そうに、楽しそうに、そして―――残酷に。
「……総司」
「なんだよ、あれ……」
(こわ、い)
「沖田先輩……っ!! あなたは、あなたは一体何がしたいんです……!」
「手っ取り早く終わらせたいんだ。時間はあまり残されていないんでしょう?」
「え……?」
「昔々に聞いた御伽噺。それは僕にこう告げたよ―――」
―――沖田さん、
(千鶴)
―――次の世界で、もしも
(だめだよ、千鶴)
―――もしも私が現れたなら……
(行かな、いで)
『その時が、最後の偶然であり、そして最期の必然の運命です』
伸ばした手は、届かない。
『だから、私がやるべき事を知らなかったなら』
求めたものは、まるで水のように。
『沖田さんが、私を導いてくださいね?』
彼女は、いつもみたいに笑った。
それは、とても悲しくて、哀しくて、今にも消えそうな―――。
目を閉じれば、その笑顔が浮かぶ。ずっとずっと、忘れた事などないその笑顔が……。
『次こそは、僕が君を―――』
そう、これは、滑稽な御伽噺なんだ。
*
(20130909:公開)