拾七 | ナノ

第拾七幕


――予感ではない、これは紛れもなく確信である。 









 ―――彼女は、笑っていた。あの陽だまりの中で、微笑んでいた。
 

 その光景をふと思い出す。
 でも、その姿は幻。この世界は想像のようにうまく作られてはいない。

 ___それでも。



「とりあえず、消えてもらおうか」
 ―――パチン、と指が鳴らされる。それに千鶴はハッとした。
「沖田先輩……!」
「千鶴を傷つけた代償は大きいよ」
 そう言って、彼はにやりと笑う。
(……だめ)
 直感で、そう感じた。彼は、この力を使ってはいけない―――彼に、使わせてはいけない。脳内で警鐘が鳴り響く。それに突き動かされるように、千鶴は沖田の腕を掴んでいた。
 彼は、どこを見ているのだろう。この世界を見ているようで、見ていないような、そんな遠い瞳に焦燥が生まれる。
 ふと、首元で金属特有の音が鳴った。ネックレス状になっているペンダントが、何故かぼんやりと光を帯びていた。いつの間に首にかけられていたのか、それは千鶴も分からなかった。気付かなかったのだ。
 そっとそれを手に取る。人肌のような温かさを、それは持っていた。

 ―――あたたかい、と感じた瞬間。

「―――っっ」

 ……意識は、反転する。


***


 真っ暗な闇に、堕ちる、堕ちる。千鶴はその堕ちる怖さにぐっと目をつぶった。まるで底なし沼を沈んでいくような、そんな不気味な感触に、千鶴は悪寒を覚えながらも耐えていた。
 どこまで沈んだのだろう。気がつけば、背中は地面のようなものの上についていた。しかし、周りの不気味な感触は消えていない。おそるおそる、千鶴は目を開く。辺りは変わらず真っ暗な闇で覆われていた。
 しかし、一つだけ違うことがあった。さっきまでは濁っていた周りの空気も、一変してとても澄んでいる。深海の海底のような雰囲気だ。一体、ここはどこなのだろうときょろきょろと周りを見渡した。周りは真っ暗で何も見えない。

(―――光?)

 ぽう、と一粒だけ、白く輝くものが見えた。千鶴はあわててそれを追う。そして、そのちいさな光を手で包み込んで捕まえる。
 それは、最初の姿から一変し、だんだん輝きは増して、そして大きくなっていく。その変化に千鶴は戸惑い、それを手から離そうとした。しかし、それは千鶴の手を離れることなくそこに存在している。さらに怖くなる。
 そして、光が千鶴を包み込む―――。

『あれ、珍しいな。こんなところにお客様なんて』

(……え?)

『……ああ、そっか。あの方が現実に飛ばされたのは、あなたが現れたからだったんだ……』

 それは、悲しい独り言。ぽつりと呟いた彼女の声は、とても悲しくて、寂しげで……。千鶴は何も言えずに、この場に飲まれていく感覚を覚えた。
 彼女の表情は、頭から掛けられた羽織のせいで良く見えない。しかし、彼女の声はとても慣れ親しんだもの。とても、身近で聞いたことのあるような声。どこで聞いたのだろうと記憶の箱を探るけれど、一向に思い出せない。とても身近なもののはずだと、頭では分かっているのに。
 ふ、と目の前の彼女の瞳が見えた。……その瞳は、輝くような、吸い込まれるような、そんな深い――金色。

 びくり、と肩が震えた。

 底知れぬ威圧感。目の前の金色はただ、千鶴の目をじっと見つめているだけ。それだけなのに、体がその場に縫いとめられたかのように動かない。何かに命令されたわけでもない。ただ、そこにあるのは言い知れぬ恐怖と焦燥感だけ。
 早く目を逸らしたいのに、その金色の瞳はそれをさせてくれない。ただただ千鶴はその場で立ち尽くすことしかできなかった。
 その時、すっと羽織がその金色を隠す。途端、足が笑った。がくり、と膝をつく。千鶴は自分でも理解できなかった。どうしてこれほどまで、目の前の彼女に恐怖するのか――……。

『あなたは、あそこに居るべきではないの』
「え?」
『……確かに、あなたの存在は必須だけれど……。でも、今、あそこに戻ってはならない』

 凛とした声が、千鶴の頭にすうっとその意味を理解させる。それが本当のことだとも、頭のどこかで理解していた。いや、理解できていた。
 千鶴は迷い無く、彼女の言葉にうなずく。それに彼女は驚いたようだけれど、千鶴にとってはごく当たり前のこととして理解していたから、特に抵抗はなかった。ただ、気になっているのが、あそこに存在していた『沖田先輩』のこと。




 ―――あれは、沖田先輩なんかじゃない。





 それは、予感ではなく、確信。





*
(20131007:公開)  

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