第肆幕
――風使い、そして囚われ
「……見つけた?」
その一言に違和感を拭えずにいると、千鶴はいつの間にか手を伸ばせば届く距離にまで近づいていた。
反射的に身をひこうとすれば、ふと目に入った千鶴の微笑みに釘付けになる。
――喜び、安堵に満ちあふれた瞳。
「あなたを守ったものが何か、気づいていますか?」
「守った?」
「よく周りを見てください」
ざあ、と風が吹き、赤くゆらめく何かが吹き消されていく。その赤は紛れもない炎の赤――。
「最弱の術を使ったので、周りへの影響も少ないですから安心してくださいね」
「それよりも……なんなの、これ」
「風です」
「……風?」
沖田が自分を包み込んでいる何かに触れようと手を伸ばす。
それは、沖田の手を簡単にすり抜けさせたが、手には確かに圧迫感が残っていた。
「守るって……どういうこと」
「こういうことです」
千鶴が沖田の方へ――否、正確には沖田を守るように展開された風の防御壁へと手を伸ばす。あと数センチで届きそうなくらい近づいた瞬間。
沖田は目の前に広がる赤に目を見開く。別に血は見慣れているから怖くもなんともない。しかし、先ほどは自身がすり抜けても何も起こらなかった風が傷つけたのだ。
――千鶴の手を。
「ほら、守っているでしょう?外敵は絶対排除。……でも、それを使いこなせなければ、味方にも影響が出ます」
「………」
「……新選組一番組組長、沖田総司さん。――私と、契約してくれませんか?」
沖田が驚きと呆れに目を見開く。それとは対照的に、千鶴はただにこにこと笑っていた。
「―――お喋りはそこまでだ」
後ろから響いた低い声に、千鶴は薄い笑みを顔に貼り付けたまま振り返る。
そこには黒髪を後ろで束ねた、新選組副長の土方歳三が眉間にしわを寄せたまま立っていた。
これぞ噂の四面楚歌かと思ったが、それほど酷い状況じゃない。沖田はこちらを測りかねているようだし、斎藤もただ警戒したまま見つめるだけ。
「……ご挨拶を。初めまして、新選組の皆様。私は雪村千鶴と申します――」
「……………」
「白虎族に属する術者で、属性は金。そこにいらっしゃる沖田さんと同じ風使いです」
目の前で人が殺されたというのに、この冷静さは何なのか。その場にいた三人にはもちろんわからない。
先ほどの沖田のことがあって、沖田と斎藤はまだ千鶴を警戒しているものの、殺すわけにも行かなくなった。
カチン、と刀を先に収めたのは―――沖田。
「こんな状況で挨拶ができるなんて、君、結構度胸があるんじゃない?」
「私としては見慣れてまして。あ、相手は人間じゃないですけど」
「ふうん、人間じゃない……ね。初めまして、僕は沖田総司といいます。……礼儀正しい子は嫌いじゃないよ?」
「ふふ、ありがとうございます。……私を殺さないということは、少しは理解してくださったんですか?」
「何を」
「あなたが風使いだという事実です」
くすくすと沖田が笑う。
「まあ、あんなふうに守られちゃ少しは信じるでしょ。……それより、君は敵?味方?」
「あなたは私と同じ金属性ですから、絶対的に味方です。それを確実にするための方法は、先ほど提案いたしました」
「提案……ああ、あれ?"私と契約してください"っていう」
「はい。……契約さえすれば、私の情報は全てあなたにお伝えします。契約は解除可能、他属性との契約不可。共鳴さえできれば契約は簡単です」
「ま、それが本当かどうかはしばらく様子を見てから判断するよ。……殺すことは簡単じゃないみたいだし、ね」
じゃり、と沖田が踏みしめていた地面が鳴る。目線を千鶴から土方に移動し、にやりと笑った。
「どうします、土方さん?この子、さっきの見ちゃったみたいですけど。それに僕に関係あるみたいだし」
「………仕方ねえ、屯所に連れていく」
「判断は屯所についてからね、雪村千鶴ちゃん。扱いは酷いだろうけど、頑張って?」
「ふふ、覚悟の上です」
どこか楽しげで、しかし空気はとても厳しい――そんな二人は好戦的な笑みを浮かべたまま歩みを進めたのだった。
*(20130807:執筆、公開)