参 | ナノ

第参幕


――未来、そして鍵はここに 









「―――っ!!」

 どくん、と心臓が跳ねた。発作だ――そう気づいたときには体はちいさく丸まっていて、寒気のせいで震えが止まらない。
 ズキリと治りかけの傷が痛むが、それ以上の苦しみだった。千鶴は荒い息を落ち着かせようと深呼吸をする。
 落ち着きかけた次の瞬間、すぐまた心臓が跳ねる。目の前が真っ赤に染まり、息が詰まった。いつもより酷い発作に千鶴は身動きができない。

「……っぁあ……っ!」

 苦しい。ただそれしか感じない。吐き気がして、脂汗がつうっと額を伝った。

 ――ガチャ

 扉が開いたことだけはわかる。しかし、床に倒れるように丸まった千鶴にはそれを確認することは出来なかった。
 発作の苦しみだけが強まり、意識が朦朧とする。荒く息をついたとき、ふわりと体が起こされた。

「……っぁ……お、きた……さ…………」
「……………」

 何も言うことなく、沖田は千鶴を支える手とは逆の手で小刀を手にした。止めるまもなく沖田はそれで指の付け根を深く斬る。
 赤い血が浮き上がり、沖田はそれを飲むように千鶴に目線を向けた。しかし、千鶴はそれを見つめたまま口を開こうとしない。

「千鶴ちゃん、飲んで」

 ふるふると千鶴が首を振れば、沖田が眉をひそめる。

「今日だけ。今は薬がないんだ。それに、時間もない。……口を開けて」

 真剣な顔でそう言われてしまえば、千鶴に逃げることなど出来なかった。今日だけ、と自分に言い聞かせて、その赤を舐める。
 普段ではありえないその高揚感。自分が自分ではなくなりそうで、千鶴は怖かった。

「……どうして発作が起きたの。君の発作は、体に負担のかかる術を使わなければ起きないんじゃなかったっけ?」

 千鶴は沖田に体を寄りかからせたまま、一息つく。
 体に負担のかかる術――例えば、タイムワープ。何かを過去に送ることをすれば、その分体力を削られ、免疫力が低下して発作が起きやすくなる。
 そして、沖田はそういった呪術類を使わないよういつも千鶴を見ていた。しかし、それがなければ発作は起きない――ではどうして?

「すいません……。……タイムワープを使いました」
「……どうして。自身の体に負担がかかるのはわかってたでしょう?僕に心配かけることだって……」
「わかっていたんです。けど、今生きているうちに届けておけば、きっと未来は変わると思ったから……」

「もしかして……君の言っていた"札"のこと?」

 こくりと千鶴が頷く。はあ、と沖田がため息をつくのはそれの一拍後。

「あまり、心配させないでよ」

 ―――僕にとって、君が一番なんだ。
 ふわふわの布団の上に下ろされ、沖田の顔がとても近くなる。宝石のような翡翠の瞳が千鶴の琥珀を見下ろした。
 
「……んっ」

 優しく唇が塞がれる。深いものではなく、ただ触れるだけのキス。

「今日はいろいろあったからね。君は軽い術で疲れてた挙句、タイムワープで体力をかなり消耗して、追い打ちで発作。……しっかり休みなよね」
「はい。ありがとうございます……」
「だから今日は何もしない。……わかった? でも、今日の分はあとできっちり支払ってもらうからね?」
「支払うって……」
「だからもうおやすみ。ほら、こっちおいで」

 呆れたような、そんな声。でも、その声には千鶴にしか与えられることのない甘さが秘められていた。
 宝物を扱うような優しい手で、沖田は千鶴を自分の方へ引き寄せる。しっかりと腕に千鶴をおさめ、瞼をおろす。
 千鶴が眠りについたことを確認して、沖田もまた闇へと意識を沈めたのだった。



 ―――平成の世に生まれ落ち、17年が過ぎた。

 そして、それを見計らったかのように動き出した計画が存在する。
 今はまだ、序章に過ぎないのだ―――。

「千鶴」
「……んぅ……」

「今度こそ、君を守るよ。……絶対に、守りぬく」

 最後の言葉は、まるで自分に対しての誓いのよう。沖田は千鶴の肩口に顔をうずめ、甘い香りの中で夢現をさまよった。






*(20130806:執筆、公開)  

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