第二夜
―翡翠の瞳は月の光に煌めいていた
「あれ、これ全部君が倒したの?」
塀の影から現れた二人の男のうちの一人、翡翠の瞳が印象的な青年が面白そうに笑う。
(余裕飄々、ってところですかね)
私がマガイモノの前に躍り出た瞬間、彼らは目線と殺気を隠すことなく放った。
いきなり目線と殺気が放たれたことを思えば、彼らはきっと最初から様子を伺っていたに違いない。
(私でも、気配を読めなかった)
――悔しい、かな。
この二人は強い。この現場を目撃しても平静でいたり、逆に笑っていられたりするのがかえって不気味すぎる。
そして、ちらりと寡黙そうな男の人をみやり私は瞠目した。
(……この隣にいる男の人、左利きなんだ)
きっとこの人、強いんだろうなあ。
このご時勢だ。左利きだからといって、右差しにするような輩はそうそういない。いたとすれば、きっとその人は強いに違いない。
だって、馬鹿にされ続けたなら見返してやるって思うのが普通でしょう?
私の中の考えなんてこんなもの。まあ実際そうなのだろうけど。
今まで出会った浪士や武士たちの中に右差しの者はいなかった。
しかし、内側の感情とは反対に、口元はだんだん弧を描き、目の前の2人の男の人は眉をひそめる。
「……そうだ、と言ったら。……貴方たちはこのマガイモノの命を奪った私を殺しますか?」
「――……っ!?」
目の前の2人が息を呑む。……やはり、これは秘密にされていたことなのだ。
おそらく、目の前にいる2人はこの京で噂になっている"新選組"の幹部格の人物たちで、この"マガイモノ"はその幹部たちしか知らない重要機密事項――といったところだろうか。
確か綱道は、新選組で研究していると言っていたから。
なぜ私という新選組の部外者が"新撰組"を知っているのか理解できなかったのだろう。二人は今まで以上に警戒を強め、翡翠の青年は刀を引き抜き、寡黙な青年は居合の構えを取る。
……全てを話したところで、信じてもらえないのがオチだ。けれど、今はそうも言っていられない。
「……どうして"これ"のことについて知ってるのか疑問に思っているようですね」
「……君、一体何者なの?」
「……これを生み出した"雪村綱道"を探している者、と言えば分かるかと」
――目の前の2人はまだ私のことを測りかねている様子を見せる。
……そして、背後に忍び寄るもうひとつの気配。誰かはわからないけれど、目の前の2人の様子がそれほど変わったりしないから……おそらくこの二人の仲間なんだろう。
この2人はきっと気配に聡い。特に、この茶髪で翡翠の瞳を持った男の人は。
「……後ろにいらっしゃる方はあなた方2人のお仲間ですか?」
「………やっぱり君、鋭いね。……面白い」
「………気が合いますね。私も丁度同じようなことを考えていたんですよ。……貴方はきっと強い。だからこそ、面白いんだろうなって……!!」
私は軽く右斜め後ろに飛び退いた。刹那、白刃の光が私の居た空間を半分に切り裂いた。
それを放った翡翠の瞳の男の人は、やはりこの程度なら把握していたのだろう。すぐに間合いを詰めてくる。
しかし、私はそれをさせない。何度か後ろに飛び退いたところで、十分に間合いをとれているのを確認して、……刀を構えた。
彼がもう一度間合いを詰めようとするけれど、……その隙をついて彼の間合いに飛び込む。息を呑む音が聞こえた気がした。
刀は逆刃にしてあるから、殺すつもりがないということはそれで伝わっているだろうけど。
……それでも、彼は向かってくるのをやめない。私はまだ"試されている"のか。……それがどこか悔しくて。
『―――もしも相手がまだお前を試していると言うのなら』
……懐かしい声が紡いだその言葉。それは今でも私の心に深く根付いて離れてくれない。
『―――……その時は、見せつけるんだ』
……何を、と問えば、あの人は苦笑して『わからないのか』と残念そうにつぶやいた。
私はそれを見て、この人は私に何を期待しているのだろうと疑問に思った。そして、低い、澄んだ声で続きの言葉が紡がれて。
『……お前の、実力をだ。鬼であり……雪村家の当主であるお前の実力は相当なもの。……相手がよほど強くなければ、きっとお前が勝つだろう』
「……見せつけてやりますよ」
「……何か言った?」
「……私のことを試していると言うのなら」
「――……っ!!」
「――今ここで、見せつけてやります……!」
(――手に、何か隠してる?)
青年はいきなり早くなった千鶴の攻撃に違和感を覚えた。
こんな速さ、今まで体験したこともない。
そして、一番気になったのは、彼女が刀を握る時に手にしていた"紙"の正体。右手に握られたそれは、彼女が刀を掴んでまた離した時には消えていた。
――まさか、先ほどのあの"紙"はただの"紙"ではない?
そんな考えも、目の前をかすめる白刃に気を取られて頭から消えていく。
(……速い……!)
まずい、と思った。
後ろでそれを見ている二人が呆然と戦いに魅入っているのがなんとなく感じ取れる。
ふわ、と風が横切り、既のところで受け止めた刀は逆刃にされていて。それが見て取れたとき、腕を掴まれた。
反射的にそれを払うも、……その行為と彼女の構えた刃が逆刃だ、ということだけで、彼女には戦う意志がないのだと伝わってくる。
……そこで、ふと疑問に思った。戦う意志がないのに、どうしてあんなことを言ったのか、と。
「……っ君、強いね。戦う意思がないのに僕の挑発に乗ってくれちゃってさ……」
「………」
「……でも、あれのことについて知ってるみたいだし、雪村綱道のことも探してるみたいだし? 土方さーん、この子どうしますー?」
「……仕方ねぇ、一旦屯所に連れて行く。……お前もそれでいいか?」
千鶴にわざわざ了承を取るということは、どうやら土方も今の軽い戦いだけでどれほど千鶴が強いのか感じたということ。
無理に連れて行こうとすれば、きっとこちらが怪我を負うことになる――それは先ほどの戦いを見ていればわかること。
千鶴もみすみすついていくような娘ではないが、事情が事情だ。大人しくついていくという了承の意を込めてこくりと頷いた。
そして、千鶴が3人の方へ一歩踏み出そうとしたとき――千鶴は、目の前の光景が遠くなっていくのを感じた。
(あ、まずいかも)
――無理が祟ったかな、と後悔してももう遅い――
(20130118 公開)
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