25 初めて出会った日
一晩中泣いた。
でも、やっぱり最後は笑顔でいたくて。
貴方の中に残る私の最後の顔が、笑顔であって欲しくて。
必死に笑顔の練習をしてきた。
震える手で、病室のドアをノックした。
「柳くんならさっき外出していきましたよ」
『……え?』
通りかかった看護婦さんが言った。
思わず勢いよくドアを開けると、看護婦さんが言った通り、そこはもぬけの殻で……代わりに、一枚のメモがベッドの上に置いてあった。
"公園"
綺麗とは言えない字で、ただ二文字 そう書いてあった。
蓮一が書いたんだ……
私はメモをポケットに入れ、病室を飛び出した。
*
『はぁ、はぁ……っ、』
「遅ぇぞ」
いつものベンチに、いつものニット帽を被って、いつものように座っていた蓮一。
ホッと息をついた。
『これでも急いで病院から走ってきたんだよ?』
「見ればわかる。座れよ」
ぽん、と蓮一は隣の空いているスペースを叩いた。
私はゆっくりと腰掛ける。
『身体は大丈夫なの?』
「多分な」
『多分、って……』
「今日くらい、いいだろ」
その言葉に、私は ハッとして口を結んだ。
"今日くらい"
それはきっと"今日だけなら無理しても大丈夫だろう" ということだろう。
今日だけなら……
つまり、無理するのは今日だけ……
蓮一がいるのは、今日だけ……
『……もう、決めたんだよね』
何が、とは言わなかった。
でも蓮一は ああ、と肯定した。
「本当は昨日、あのまま行こうとしたのに……蓮二に引き止められ怒られてしまってな」
『柳くんに……?』
「お前の言葉を聞け、と……怒られた」
それは、私が一番しなければならないことだった。
もう、後悔なんてしたくない。
柳くん、ありがとう
『……蓮一』
「……何だ」
『私、蓮一が好き』
精一杯の強がりで、蓮一を見ないで私は言った。
『なんでだろうね、いつの間にかそう想うようになっちゃって……不思議な魅力ってやつかな。言葉では説明できないけど……』
「……」
蓮一は何も言わなかった。
『本当、不思議だよね。たまたまあんな暗い所で出会って、こうして一緒にいて……まだ数えるくらいしか経ってないのに』
「……俺は、ずっと前からお前を見ていた」
『……え?』
思わず蓮一の方を向くと、蓮一は私を見ていて、バチッと目が合ってしまった。
綺麗な瞳に、 吸い込まれてしまうような感覚がして、そのまま動けない。
「……立海の入学式の日、お前は俺に会ったことがある」
『え!?蓮一に?』
「ああ」
いや、入学式の日に柳くんに会った記憶なんて……
私の様子を見て蓮一は溜め息をついた。
「……蓮二はあの日新入生代表挨拶を任されていて、とても不安定な状態だった。そんな時に、人とぶつかっちまったんだ」
*
(やべえな……かなり不安定な状態になってる……これじゃあ少しの衝撃で簡単に落ちるぞ)
朝からフラフラとしていた蓮二は、昨晩からずっと心が安定しない状態だった。
そんな時、
ドンッ
『わっ』
「っ!!」
フラフラとしていたせいか、自分から知らない女子にぶつかってしまった。
その衝撃で俺は表に出ることになり、女子は尻餅をついてしまった。
クソッ……新入生代表挨拶なんて俺はやんねぇぞ……
『いたたた……』
「っ、わりぃ、大丈夫か?」
俺は慌てて女子に手を差し出した。
女子は ありがとう、と言って手を取った。
「怪我してないか?」
『うん、大丈夫。ありが……わ、綺麗な目ですね……!裸眼ですか?』
「え?お、おう……?」
『すごく綺麗です!!……あ、もしかして、新入生?』
「あ、ああ。そうだが」
『同い年か!私も今年から立海生なんだ!同じクラスになったらよろしくね!』
「お、おう」
彼女握手を求めていたので、握手をした。
すると遠くから誰かが彼女を呼んだらしい。
彼女は ハッと声のした方を見ると、慌てて踵を返した。
『ごめんもう行かなきゃ!じゃあね!』
「、あ、おい……っ!!」
彼女が離れると同時に、ズルリ、と沈む感覚がして……
気がつくと、俺は"内"に沈んでいた。
代表挨拶をするハメにならなかったことにまずホッとすると、次に思い浮かんだのは、あの女だった。
(……名前くらい、言っていけよ)
*
『ああっ!!』
「思い出したか?」
ぶんぶんと首を縦に振る。
思い出した。
入学式の日、柳くんに会ったこと。
新入生代表挨拶で "あ、やなぎれんじくんっていうんだー" って思ったこと。
どうして今まで忘れてたんだろう……
私は2年前に柳くんに……蓮一に、会っていたんだ。
「……思えばあの時から、俺はお前に恋してたのかもな」
『!』
そんな恥ずかしい台詞をさらりと……!
顔が赤くなるのが自分でもわかった。
『わ、私も、思えばあの時から、蓮一の瞳に惹かれてたの、かも』
不良に絡まれる私を助けてくれた時の、蓮一のあの 月の光に照らされて光る瞳と、初めて会った時の綺麗な瞳。
きっと、ずっと忘れない。
「……本当、奇跡だよ」
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