26 生きた
冷たい風が、私と蓮一の間をすり抜けた。
なんだか、蓮一がとても遠くにいるような気がして、私は蓮一に近づいてくっついた。
突然触れられて蓮一はぎょっとしたようだった。
「なんだよ」
『蓮一、あったかいね』
「……生きてるからな」
生きてる。
蓮一は、生きている。
蓮一の温もりに私は涙が出そうになった。
でも、笑顔でいたかったから、涙は必死にこらえた。
代わりに鼻水が出てきて、ズッとすすると、気づいた蓮一が私の手に自分の手を重ねてくれた。
蓮一の手は、とても温かかった。
「……正直、15年、蓮二に隠れて生きてきて、何で俺が存在するのか……未だにわからねぇ。今日まで存在し続けて、……今日のこの決断も、正しいのか、わからねぇ」
私は話す蓮一の手をぎゅっと握った。
蓮一も少し笑って、ぎゅっと握り返してくれた。
「お前、実はすごい寂しがり屋なのか?」
『……それは蓮一でしょ』
「……そうかもしれねぇな」
蓮一と一緒にいれなくなるのは、寂しい。
寂しいけど、蓮一が決めたことなら。
「……泣くなよ」
蓮一の指が私の頬に触れた。
いつの間にか、涙が溢れていた。
俯いて必死に涙を拭う。でも、なかなか止まってくれない。
『泣いてない』
「嘘つけ」
蓮一が両手で私の顔を挟み、無理矢理顔を上に向かされた。
綺麗な蓮一の瞳と目が合う。
相変わらず綺麗な瞳だ。
「不細工だな」
『うるさい』
顔を背けようとしたが、私の顔を挟む蓮一の手がそれを許さない。
これ以上蓮一の顔を見ていたら……ほら、また涙が溢れてきた。
『放してよ』
「笑えよ」
ぐにぐにと、涙でぐちゃぐちゃになった頬を揉まれる。
されるがままの私がおかしかったのか、蓮一はフッと笑った。
「俺は……生きたよ。お前といると、生きてるって感じがする」
『……蓮一は、生きてるよ。ここにいるよ』
「……あぁ、そうだな」
蓮一を安心させたくて、私の顔を挟む蓮一の手に自分の手を重ね、無理矢理口角を上げた。うまく、笑えたかな。
蓮一は変わらない顔で私をじっと見つめていた。
なんだか恥ずかしくなって、へへっと笑うと、突然視界が真っ暗になった。
唇に柔らかいものが触れる。……蓮一からの最後のキス。
やけに長く感じた。
この時間が永遠に続けばいいのに。
そう思った。
ゆっくりと離れていった唇と頬の温もり。
目を開け、ふと視線を上げると蓮一と視線が交錯した。
「陽毬」
『……蓮一』
蓮一の指が私の頬を撫ぜる。
私は蓮一の綺麗な瞳に吸い込まれそうになった。
「じゃあ……な」
『蓮一』
蓮一の頭が肩にもたれかかる。
私は蓮一の背中に手を回し、体を支えた。
「愛している……陽毬」
がくり、と肩にもたれかかっていた頭が、私の膝に落ちる。
それと同時に、被っていたニット帽もずるりと頭から外れた。
『……蓮一?』
彼の頬にそっと触れると、温かかった。
さっきまでより、心なしか良い顔色をしている。
規則正しく胸も上下している。
『蓮一……』
名前を呟くと、じわり、と目に涙が溜まり、すぐに彼の頬に水滴が落ちた。
わかってる。
もう蓮一はいない。
もう……どこにもいないんだ。
『私の言葉も、聞いてくれるんじゃなかったの? ねえ……』
また、言い逃げされちゃったよ。
私は、外れたニット帽をぎゅっと胸に抱きしめた。
蓮一。
……ねえ、蓮一。
私も、蓮一のこと、愛してたよ。
蓮一の瞳のような、綺麗な青空を仰ぎ見て、強く想った。
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