21 大嫌いだ
あの後、すぐに救急車を呼び、幸村くんにも連絡を入れておいた。
特に重大な病気ではないが、睡眠不足と栄養失調、そして疲労が原因だった。
病室のベッドに横になる柳くんはとても疲れた様子で、駆け付けた幸村くんもそれを見て少々萎えた様子だった。
私は病室のドアの脇に立って、二人の間に入らないように待っていた。
「まったく、心配したんだからね、柳」
「すまない、幸村……」
はぁ、と幸村くんは溜息をついてベッドの脇に座った。
「本当に皆心配してたんだ。家にはいないし、電話も繋がらないし。何してたの?」
「……」
柳くんは幸村くんから目を逸らした。
……やっぱり、本当のこと言いづらいのかな……
そんな柳くんを見て幸村くんはまた溜息をついた。
「皆と柳の家には俺から連絡入れておいたから。皆には病室に来ないように言ってある」
「……そうか」
「……まあ、ゆっくり休みなよ。ちゃんと元気になったら学校来るんだよ」
「……そうだな」
幸村くんはじゃあ帰るね、と、ドアの方へ歩いてきた。
そしてドアの脇に立っていた私に、ちょっといいかい、と言い、廊下に連れて行かれた。
幸村くんは ドアをしっかり閉める。
「……まず、柳を見つけてくれてありがとう」
『ううん、偶然だったから』
私は幸村くんから目を逸らして答える。
やっぱり幸村くん、苦手だ……
「……神崎さんは、何か知ってるの?」
『……え?』
「柳のこと」
私は思わず、幸村くんを見た。
まるで、幸村くんも何か知っていて、私が何か知っていることを確信しているような言い方。
でも……
『……私から言うことじゃないから』
「……そう」
幸村くんは短く返事をして壁に寄り掛かって腕を組んだ。
「実はね、1年とちょっと前、商店街の小路で柳と会ったことがあるんだ」
『え……』
小路……
「ニット帽を被って、唇が切れて血が出ていて……まるで柳じゃないみたいだったんだ」
……それって、
「彼は俺にこう言ったんだ。……"俺はお前のような人間は大嫌いだ"って」
蓮一が……
「次の日、柳は何事も無かったかのように学校に来たよ。俺と会ったのも覚えてなかった。でも唇は切れた跡があったんだ」
幸村くんは壁から身体を離し、私に向き合った。
「神崎さん。何か、知ってるんじゃない?」
『っ、……』
幸村くんが会ったのは、間違いなく蓮一だ。
そのことを言う権利は、私にはない。
でも、これだけは、伝えたかった。
『……柳くんは、ずっと、苦しんでいたの』
学年1位。
三強。
彼を追い込む要素は、たくさんあった。
『勉強も、部活も。プレッシャーに苦しんでいた……逃げたくなってしまった……』
それで、逃げたんだ。
『……幸村くんは、逃げないよね』
「え?」
『幸村くんは、逃げずに戦う。……それが、ますます柳くんの苦しみになったの』
だから蓮一は幸村くんが嫌いだって言ったんだと思う。
『……今私に言えることはこれだけ』
「……そう。でも、一つ訂正させて」
『何?』
「……俺だって、逃げたくなる時はあるから」
『!』
幸村くんは悲しそうな表情で私から目を逸らした。
「でも、逃げたくなった時、引き止めてくれる仲間がいるから」
だから逃げないんだよ、と幸村くんは笑う。
『……』
「もし、神崎さんが同じ気持ちなら言ってあげて欲しい。"自分は柳の味方だ"って」
『……うん』
「……人間、いついなくなるかわからない」
『うん……』
だから早めに伝えないといけない、という ことなのだろう。
病気を乗り越えた幸村くんだからこその言葉だった。
黙り込む私を見て、じゃあ帰るね、と幸村くんは歩き出す。
そして、すれ違い際にこう言った。
「柳のこと、よろしくね」
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