9 名前
「名前?」
その場の空気に耐えられず、よくわからない質問をしてしまったことにすぐ後悔した。
でもずっと"アンタ"って呼ぶのはね…
「名前……か」
『……無いの?』
「……当たり前だろ? 俺はこの世に存在していないはずの存在だ」
また淋しそうな顔をする。
私はその顔を見るに堪えられなかった。
『……蓮一』
「は?」
『アンタは今日から蓮一ね!! はい決定ーハッピーバースデー』
「蓮一って……"蓮二"の兄弟だから、"蓮一"か? 単純だな」
『"蓮三"が良かった?』
「いや……蓮一か」
蓮一、と何回も呟く彼の横顔は、何となく嬉しそうだった。
その顔を見ると私まで嬉しくなって、思わず自分を褒める。
『蓮一』
「何だよ」
『いいね、"蓮一"。単純だけど、いい名前じゃない?』
「…ああ……」
『蓮一』
自分が付けた名前を気に入ってくれたことが嬉しくて、何回も名前を呼ぶ。
――その時、正面から初めて彼の瞳を見た。
ふ、と視線が絡み合う。
相変わらず綺麗な瞳だな、と 見とれていて、近付いてくる彼の顔に 私は気づかなかった。
唇が、ゆっくりと重なる。
『、……え?』
今……キスされた……?
思考が追いつかない。
いつの間にか彼はいなくなっていて
公園には まだ唇に熱が残る私だけが取り残された。
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