暁の空へ | ナノ


  135 "朝凪"


「……俺は、お前じゃない」
「あ、」


ゆっくりと起き上がる、寝ていた燐。
今までしゃべっていた燐を睨む。

燐が二人ってややこしいね。


「……お前は俺だよ」
「違う。俺はお前じゃない」
「どうしてそう言い切れる?」
「俺には俺の名がある」


燐と燐が睨み合う。

なんだか難しい話になってる。
とりあえず水でも飲もう。




「俺の名前は、"アサナギ"だ」




ぴたり、と水を飲んでいた手が止まる。

"アサナギ"……?
どこかで聞いた気が……


「朝昼晩の"朝"に、風が"凪ぐ"で、"朝凪"だ」






朝凪





まるで、パズルの最後の1ピースがはまった時のように、

穴だらけの世界が、一瞬で埋まる。





そういう、ことだったんだ。





全部、わかった。

全部……





「俺は"朝凪"だ。お前じゃない」
「朝凪は燐だよ」


え、と皆の視線が私に集まるのがわかった。


「全部、わかった」
「姉ちゃん……」






「燐は、現実の世界が嫌になって、ネット上にもう一人の自分を作った……






"朝凪"という名前の、もう一人の自分を」








「もう一人の、自分……?」


仁王の言葉に、私は燐を見て話を促した。
燐は頷く。


「……姉ちゃんの言う通り。俺はネット上に"朝凪"というもう一人の自分を作って、現実から逃げていたんだ」









「お、何だ燐、お前もやってみるか?」


熱心にパソコンを弄る兄を見て、正直何がそんなに楽しいのかよくわからなかった。
でも、俺はちょっとした好奇心で、頷いた。

兄は慣れた手つきで何かを登録してくれているようだった。


「名前はどうする?」
「名前?」
「ネット上ではお前は燐じゃなくなることもできるぞ」


俺が俺じゃなくなる……?


「ちなみに俺は"真昼の夜"だ」


その時、ふと姉ちゃんの言葉を思い出した。


"海辺の方ではね、朝に陸の風と海の風が入れ替わる時、海辺の風がしばらくやむことがあるんだって。
それを朝凪って言うらしいんだけど、不思議だと思わない?
風はいつでも吹いているのに、どうして入れ替わる時に風が止んでしまうのか……って、ちょっと燐には難しいか"


あの時の姉ちゃんのドヤ顔は忘れられない。


「……朝凪」
「あさなぎ?」
「うん、朝凪」


ちゃんと姉ちゃんの話、覚えてるんだぞってことで。




そうやって俺は"朝凪"を作った。

そして、俺は辛いことがあったら、全て"朝凪"を使った。



[朝凪:早く家を出たい]


[朝凪:いっそのこと殺して欲しい]




[朝凪:もう嫌だ、こんな世界]









「朝凪は俺が作ったもう一人の俺なんだ」
「……違う、俺はお前じゃない、違う、違う……」


朝凪と名乗った燐の姿の人が、頭を抱え、呻き声をあげ始めた。


「姉ちゃんをトリップさせたのも、皆を転生させたのも、ネット上に作ったもう一人の俺なんだ」
「違う……」
「でもそうさせてしまった全ての原因は俺にある」


燐は立ち上がり、呻く自分をそっと抱きしめた。


「や、めろ……っ!」
「ずっと、現実から逃げていたんだ。俺が逃げれば逃げるほど、朝凪の暴走は加速した。でも、もう終わりだ」
「いや、だ……」


ぼぅ、と朝凪の身体が淡く光り出す。


「みんな、俺の勘違いだったんだよ。もう、復讐をする意味なんてないんだ。ありがとうな……朝凪。俺を支えてくれて……」
「そんな……嫌だ、嫌だ……! 俺は――」











パァン、と 朝凪の身体の光が弾けた。

prev / next

[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -