136 お疲れ様
「……えーと、ごめん、置いてきぼり感ハンパないんやけど、俺らにもわかるように説明してくれへん?」
朝凪が消え、燐が一人になった時、おずおずと謙也が手を上げた。
「つまり、私たちをトリップさせたり転生させたりした張本人は燐ってこと」
「ネット上に作ったもう一人の俺である"朝凪"が、俺を使ってそうさせたんだ。でも、今俺の中に戻った」
「待て待て
待て。ネット上の燐が? 何?」
宍戸だけでなく不二も仁王も謙也も頭に?が浮かんでいた。
「ネット上に作った人格が暴走して、一個人として、燐の意思関係なく動いちゃったの」
「どうやって?」
「さあ?」
「それは俺にも……」
だってそんなことわかってたら苦労しないじゃないの。
「両親から嫌われ、勘違いから兄ちゃんを嫌い、勘違いから姉ちゃんも拒否して……そんなことが続いて、"朝凪"が、俺の願いを叶えてくれたんだ。朝凪を憎む気持ちもあるけど、これは俺が望んだことなんだ」
燐は自分の胸に手を当てた。
「……燐、これからどうするの?」
「……そうだな……ちょっと、旅に出てくるよ」
「え?」
ぽぅ、と燐の身体が淡い光を放ち出した。
「え? 燐?」
「燐?」
「俺はもともと死んだはずの人間だから……俺は、運命に従って、いくよ」
「え……」
つまり……死ぬ、って、こと……?
「ま、待ってよ、それなら私だって」
「姉ちゃんは違うんだ」
「え?」
「実はね、姉ちゃんが死ぬ間際……まだ生きている時に、姉ちゃんをトリップさせたんだ。その時は死んでたと思ってたけど……今、朝凪の記憶が全部俺に流れてきてわかったんだ。さすがに、死んだ人を生き返らせることは無理だよ」
「そん、な……」
「燐」
宍戸が燐の腕を掴んだ。
「兄ちゃん、ごめん。そしてありがとう……俺を愛してくれて」
「燐……」
「姉ちゃんも……巻き込んでしまった皆も、ごめん」
燐の足が、綺麗な砂が風に乗って舞うように消えていく。
「この世界にいたくないなら、俺の手を掴んで。あの世に連れていってあげる。この世界で生きるなら、……離して、兄ちゃん」
宍戸は泣きそうな顔で燐の顔を見つめた。
「俺は……残るで。この世界で生きる」
「僕も、この世界に」
「……俺も」
「――私も」
この世界で生きていく覚悟なんて、当の昔にできてるんだから。
皆は、宍戸と燐を見つめた。
「なぁ、燐。これだけは覚えておいてくれ。……俺は、お前の味方だから……だから、」
ぎゅ、と燐の腕を掴む宍戸の手に力が入る。
「お前は、一人じゃない」
その言葉に、燐は微笑んだ。
「……うん」
ゆっくりと、宍戸は腕を離した。
燐の身体は腰のあたりまで消えかかっていた。
「全部説明しきれなくて、ごめん。あとは兄ちゃんと姉ちゃんに頼むね」
「……私の推測が合っていればの話だけど」
「大丈夫。きっと合ってる」
そっか、と私は笑った。つられて燐も笑う。
そうしている間にも、燐の身体はさらさらと消え続けていた。
「ねぇ、燐」
「何、姉ちゃん」
「……お疲れ様」
「!」
辛かった人生を。
孤独だった人生を。
終えることができる今、
私が選んだこの言葉は、正しかったのかな……?
「うん、ありがとう、姉ちゃん」
ただ、燐は笑顔だった。
「あ、姉ちゃん、一つ言い忘れてた」
「ん?」
「俺、姉ちゃんのこと、本当に大好きだったんだ」
燐は私に手を伸ばすが、その手さえも、さらさらと消えてく。
自分の手が消えていくのを見て、燐はすぐに私を見た。
「大好きだよ、姉ちゃん!」
燐の頬から零れた一粒の涙が宙を舞うと同時に
燐の身体を纏う光が パァン、と弾けた。
気がつくと、燐の姿はもうなかった。
「……ありがとう」
燐……
燐は私をこの世界に来させてしまってずっと謝っていたけど……
確かに、私は燐がくれたこの世界に来て悪かったこともあった。
でもね、良かったこともたくさんあるんだよ?
燐が、私が死ぬ間際にこの世界にトリップさせていなかったら、私は死んでいたかもしれない。
……ううん、きっと死んでた。
私が今ここにいるのは、燐のおかげなんだよ。
これから 燐がくれたこの世界で、私は生きるよ。
……燐の分まで。
燐
どうか
安らかに……
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