暁の空へ | ナノ


  133 全てを


「長い話になるかもしれないけど、全部、話すよ」


燐はギュッと自分の拳を握った。
私はその燐の手に自分の手を重ね、大丈夫、と優しく言った。
燐は頷いて、一度深呼吸をした後、皆の顔を見た。


「まず、自己紹介から。……俺の名前は、井ノ原燐。井ノ原怜緒の、弟」


え、と仁王、謙也、不二は井ノ原怜緒を……宍戸を見た。

宍戸は表情を変えず、燐をじっと見ていた。


「本当なのか?宍戸」
「……ああ」


宍戸は皆から少し目を逸らして言うが、その様子に不二は訝しい感じを覚えていた。


「……もしかして、全部思い出したの?」
「……思い出したよ。何もかも」


今度は宍戸は、燐と私を見て言った。


「……そっか」
「……そう」


皆の間に、妙な空気が走る。
しかし燐は気にせず話し出した。


「俺は、生まれつき身体の色素が薄い、"アルビノ"という病気だった」


燐は立ち上がって、窓際に行き、病院のレースのカーテンを開けて日の光を浴びた。
そしてゆっくりと目を開ける。


その目は、真っ赤に染まっていた。


「アルビノっていうのは、身体の色素がなくなる病気で、酷い人だと肌と髪は白く、目は色を失って血液の色がそのまま見えてしまう……ウサギを想像するといいと思う」


俺はそう教わった、と感情の読み取れない表情で、燐は言う。


「……俺の場合、軽いアルビノだったから、こうやって明るい所でしか目は赤く見えない。髪も色素の薄い茶色ってだけだし、肌も人より少し白いってだけだったんだ」


燐はカーテンを閉め、戻ってくる。


「……兄ちゃんは、もっと酷かったんだっけ」


燐は宍戸を見る。
宍戸は頷いた。


「俺は……"井ノ原怜緒"は、髪が白く、目は常に真っ赤。わかりやすいアルビノだったよ」


"実は俺、アルビノって病気なんだ"


怜緒の声を思い出す。


「……でも、髪は染めて、コンタクトレンズをつけてたんだよね」
「……ああ。覚えてたのか」
「さっき思い出したの」


事故の記憶も、何もかも……

多分こっちの事故の衝撃で、失った全ての記憶が戻ったんだと思う。


「……話を続けるよ。……両親は、明るい所でしか目が赤くならない俺を嫌った」







多分、俺が兄ちゃんと違って勉強も運動もできなかったってことも、嫌われる要因になってたんだと思う。


「何であんたはすぐ転ぶの? 何で字が読めないの? お兄ちゃんはあんたの歳じゃあ運動も文字の読み書きもできたのに」
「……ごめん、なさい」


はぁ、と溜息をつく母を見て、俺はいつも心が苦しかった。

何で兄ちゃんにできて俺にできないんだよ、……

努力してもいつも空回りで、兄ちゃんに追いつけやしない。


「燐、遊ぼうぜ!」
「……うん」


兄ちゃんは俺と仲良くしてくれた。
でも、


「怜緒、この前の塾のテスト、すごい結果じゃない! よく頑張ったわね、燐とは大違い!」


いつも俺と兄ちゃんは比べられる。

いつも、いつも


兄ちゃんなんて







「消えちゃえばいい、って、思ってたんだ」


燐の声が震える。

このことを言うのは、勇気のいることだから……
燐は今、自分と戦っている。


「……それで?」


静寂を断って、宍戸が真剣に聞いた。







俺が小学校に上がった時、両親は俺の馬鹿さ加減に我慢がならなくなって、俺を今まで以上に嫌い始めた。


「兄ちゃ……」
「ダメよ怜緒、この子と喋ったら。馬鹿が移るわ」


徹底した隔離だった。

それでも兄ちゃんは隙を見て俺と遊んでくれたけど……
でも、ある時から兄ちゃんは俺とあまり関わらなくなった。







「ある時?」


仁王が宍戸に問う。


「……夕月と、出会った時だ」







俺は兄ちゃんが俺を見捨てたんだと思い、できるだけ家にいないようにした。

朝は早く学校へ行き、夕方は17時ぎりぎりまでどこかで時間をつぶしてから帰る。


そんな時、俺は姉ちゃんと出会った。







「有梨と?」
「公園で一人でぼんやりしてる時、姉ちゃんが話しかけてくれたんだ」


夕日がさしてオレンジ色になった誰もいない公園で、ただ一人、ブランコに乗って空を眺めている男の子。

それが燐だった。


「ちょっとした好奇心だったんだよ。何してるのかなって」







その日から時々姉ちゃんと会うようになって、その度に他愛ない話をした。


でもある日、見てしまったんだ。


兄ちゃんと姉ちゃんが、手を繋いで買い物してる所を。







「デートか」
「デート……っつーか……あの頃はまだ小学生だったからな、ただの遊びだよ」
「あ、そうか小学生か」


若いな私。


「それから、なんかもう、姉ちゃんに会いたくなくて……」
「だから、急に会わなくなっちゃったんだ」
「うん……」







目的もなく、ただ生きているだけ。

そんな日々に"終止符"を打ったのは、母の言葉だった。


"あんたなんて産まなければ良かった"


その日、俺は道に飛び出して車に轢かれようとした。
……所謂自殺、ってやつ。

生きてる意味もわからなくて。
何もかもどうでもよくなって。
生きているのが辛くて。

早く楽になりたかった。


でも、車の前に飛び出した俺を、ある人が庇おうとしたんだ。







「……それは、姉ちゃんだった」

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