106 待て
「待てよ」
宍戸が怒りを込めた声で不二を制した。
「有梨にとって、もしその記憶が辛いものだとしたら、思い出させるのは酷だろ」
「怖いのかい?」
すっと不二が目を細めて宍戸を見る。
宍戸は一瞬怖じけづくが、負けじと睨み返した。
「何がだよ」
「
記憶を取り戻したら、自分の元から有梨が離れていってしまう可能性があることが」
怖いのかい、ともう一度不二が問う。
しかし宍戸が意味がわからないと言うように眉をひそめた。
「どういう意味だよ」
宍戸が言うと、不二は大きく目を見開いた。
「もしかして……君も、記憶が……?」
「あ?俺はここにくる直前にあったことは覚えてるっつってんだろ」
「じゃあ何で僕の言ってることの意味がわからないんだい?
馬鹿?」
「ば……っ!?誰が、」
「
ちょっとストップ!」
二人の間に体を乗り出す。
私を空気にしないでよね。
主人公私なんだから。
「さっきから言う言わない言う言わないって何なのよ。私は事実を話してくれるんだったら知りたいの」
たとえそれが私を傷つけることだとしても……
やっぱり、知っておきたい。
……自分の、ことだから。
「……本当に、いいのか」
「いずれは知ることになるでしょ」
宍戸が心配そうに私を見てくる。
「うん。有梨はこのことを知らなければならない立場にあると思うんだ」
「不二、」
宍戸は不二と私を見た後、深く息を吐いた。
「……わかった。聞きたいなら、聞け。ただし、不二。一つだけ言っておくことがある」
「何?」
「……久遠俊は、今 有梨と仲が良い仁王雅治に成り代わっている」
仁王……?
仁王も関係しているの?
「、久遠が……、……そう」
「そう、って……いいか、有梨と久遠俊は、今すっげえ仲が良いんだぞ!?」
「だから何。そんなことは君には関係のないことじゃないの?」
「……んだと?」
「
はいストップストップ!」
何なのよこの二人。
ほっとくと殴り合いでも始めそうな勢いなんだけど。
ちょっとは私の身にもなってよ。
私がストップをかけると、宍戸と不二はふっと息を吐いた。
「……それだけ言うなら、君から話せば?」
「は?」
「僕の口から言うより、君の口から言ったほうがいいんじゃない?」
不二の言葉に、宍戸は考える。
きっと宍戸は、私のことを心配してるんだ。
"……お前にとって辛い記憶だからお前が忘れたのだとしたら、俺の口から伝えることは、お前を苦しめるだけだ"って、前にも言ってたしね。
「宍戸。私のことなら心配ないからさ、話してよ」
「……本当に、後悔しないか?」
「これは私が決めたことだもの」
真実を知るためには何かを犠牲にしなくてはならない、か……
宍戸はまた少し考えてから、意を決して水を一口飲んだ。
「わかった。俺が話す」
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