あの日確かに恋をしていた | ナノ


  3 追いかけた。


高校三年生になっても、山口君も私も好きな人は変わらなくて。相変わらず一緒に帰る度にする話も尽きなかった。
しかし、高校三年生になったのだ。大学受験という名の運命の分かれ道の前に立った私たちには、その話題が上がることは必然だった。


「谷地さんは大学どうするの?」
「えーどうかなぁ……山口君は?」
「……俺もわかんないや」


高校三年生といっても、強豪の名を再び轟かせた烏野高校バレー部は春高まで現役で活躍する三年生がほとんどだった。
私の代のバレー部員は当然全員が春高まで残ることになっていた。私も負けじと春高まではマネージャーを続ける予定だ。だって清水先輩も春高まで頑張ってたんだもん。私も頑張らなきゃ。


「月島君ならどこへでも行けそうだよね」
「……それを言うなら影山だって」


どこへでも、どこまででも、行ってしまいそう。

私も山口くんも、黙り込んだ。
いつかは選択しなければならない時がくる。それはわかっているのだけれど。選択と同時に、別れが決まるかもしれない。皆、バラバラになってしまうかもしれない。

先日卒業していった先輩達を思い出す。縁下主将、田中さん、木下さん、成田さんは県内の大学に進学。西谷さんは、東京の大学にスポーツ推薦で進学。バレーの推薦で行ったから、しばらくはバレー優先であまり帰って来られないかもしれない。

これが――私たちだとしたら。


「谷地さん」


山口君の声に、私はハッと顔を上げた。見上げた山口君の表情は、相変わらず情けなくて。


「確かに進路を考えることもしなきゃいけない時期にもなってるけど、さ……全部一気にやらなくていいと思うよ」


……わかってる。わかってるよ……でも、不安なのは変わらない。何よりそんな情けない顔で言われてもね。


「その言葉そっくりそのままお返しします」
「えっ」







とりあえず選択肢をできるだけ増やしておくために、勉強をし始めた。これまでもやってきたけど、もっと力を入れて。
休み時間や通学時間など、とにかく勉強できる時間があれば単語カードを開いていた。帰宅後もやらなければならないことをすぐに全て終わらせ、机にむかう。

しかし、今日は教科書を開かず、三年生になって初めて渡された進路希望調査の紙を前に私は唸っていた。

まあ、一応進学したい学部の方向性はあるのだけど。何せ大学の数が多すぎる。母には県内でも県外でも好きなところに行きなさいと言われているため、さらに迷ってしまう。
行きたいのはデザイン系が学べるところ。県内にも何校かそういう大学はある。家から通える距離にもある。でも東京に出てみたいという気持ちが大きかった。


「……よし」


目標は大きく。私は大胆にペンを走らせた。







「谷地さん」
「ひぇ!?」


次の日の朝。朝練が始まる前にボールの空気入れを済ませてしまおうと、体育館で一人作業をしていた時だった。
朝練前にやってきて朝練前練習をする影山君が、日向より先に体育館に来たようだ。この時間になれば来ることはわかっていたのに、どうやら思っていたよりボールに集中していたらしい。素っ頓狂な声を出してしまった。

振り向くと、影山君がすぐ後ろに立って、座っている私を見下ろしていた。
トクン、と心臓が変な音をたてる。


「お、おは、おはよう、影山君」
「おはざす。あの、ちょっと頼みたいことあるんスけど……」
「あ、はい、私にできることならばなんなりと!」


これなんスけど、と差し出されたのは、紙とペン。そして私はその紙を一目見てまた素っ頓狂な声をあげた。

昨日ずっと眺めていたこの紙。


「こ、これ進路希望調査!」
「そうッス」
「私なんかに見せちゃっていいの!?」
「? 別に見せても困らないし……あ、それで、ここにサインしてほしいんス」


え、と指さされたところを見る。親のサインが必要なところだ。


「あ、いや、親にはちゃんと見せてて。昨日の夜ハンコとサイン頼んでおいたんスけど、ハンコだけ押してサイン忘れてたみたいで。朝起きたらもういなかったんで、その、……代わりに、お願いシマス」


見ると、確かにハンコだけは綺麗に押してある。影山君が嘘を言うなんてことは絶対にありえないから……まあ、そういうことならば仕方ない、と書いてあげることにした。影山君のお父様の名前と漢字を聞く。良かった、難しい漢字は無い。

そしてふと視界に入ってしまった、文字。何だか昨日からよく見る文字だなあと、呑気に思っていたが、名前を書き終わった後に再度視界に入って、心臓が止まりそうになるほど吃驚した。


「かっ影山君!」
「!? な、なんスか」
「あ、あ、あ、あの、これ、あの、第一志望」
「……T大がどうかしたんスか」


T大。それは私が昨日勢いで一番上の欄――つまり第一志望に書いた大学だった。
興奮を抑えきれず、思わず立ち上がる。


「わたっ私も! 第一志望T大なの!」
「! まじっすか!」
「まじっす!」


夢みたいだった。勢いで書いた大学が影山君と同じところだったなんて。これはもう運命としか言いようがない。


「私、影山君と一緒の大学に行くためだったら頑張れる気がしてきたよ……! 一緒に頑張ろうね!」
「あ、俺推薦です」
「ですよね!」







このことを興奮気味に山口君に話したら、なんと前々から「T大から影山に推薦がきている」ということは囁かれていたようで。「谷地さん実は知ってたんじゃないの?」と言われたが、運命だと断言しておいた。

でも、本当に、夢みたい。影山君と一緒の大学行けるなら、なんだってする。頑張れる。推薦でいち早く合格を決めるだろう影山君を追って、必ず合格しよう。
そう、意気込んだ。


「そういえば山口君は? 今のところの志望大学」
「あー……今のところ、H大の経営、かな」


H大。東京の大学だ。それもかなりの名門。難関と言われる大学。すごいなぁ。
私は自信無さげに丸める山口君の背中をバシッと叩いた。


「山口君なら大丈夫! 応援してるよ!」
「……ありがとう」


山口君は困ったように笑って、口を閉じた。それからうろうろと視線を漂わせる。最近わかってきたことだけど、こういう時は山口君が何か話したい時なのだ。
私も黙って山口君が話し始めるのを待つ。待っていれば、いつか話してくれるのも、最近わかったことだ。

すると、山口君が軽く深呼吸をする音が聞こえた。


「……実はね、ツッキーもH大なんだ」
「なんと! それは運命」
「運命じゃないよ」


今にも泣きそうな声だった。


「……ツッキーがH大って言ってたから、俺もH大にした。……ほんと、ダメだよね」


私は、何と返すべきか悩んだ。でも私は好きな人を追いかけるのは悪いことだとは思わない。
私だって、もし影山君がT大志望だと事前に聞いていたら、迷わずT大を第一志望にしただろう。そして、絶対受かってやると、頑張っただろう。影山君がいるから、頑張れるのだろう。


「……なんだって、いいと思う」
「え、」
「理由なんて、なんだっていい。それで頑張れるのなら、いいと思う」


ある人は『都会に行きたいから』という理由だけで東京の大学を志望するかもしれない。ある人は『寒いところが好きだから』という理由だけで北海道の大学を志望するかもしれない。
またある人は『一緒にいたい人がいるから』という理由で、大学を選び、志望するかもしれない。

いいじゃないか、と私は思う。


後悔なく人生を送れるのなら、いいじゃないか。


「……そうだね」



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