ハイキュー短編 | ナノ


  【あきやち】10年前の約束を【バレンタインSS】


『仁花!』



真っ白な雪が降る中、誰かが私の名前を呼んでいる。

ザク、ザク、と積もった雪に足を突っ込みながらその人のもとへ行くと、その人は自分の身長くらいあるんじゃないかという雪だるまの横でニカッと笑っていた。



『仁花、俺はな、来年から本格的にバレーを始める』

『ほんかくてき……?』

『そう。だから今までみたいに遊んでいられなくなっちゃうんだ』

『……ふぇっ』

『ああああ泣くな泣くな!一生会えないわけじゃないんだから!』



ぽんぽんと優しく私の頭を叩いてくれるその人。



『だからな、約束しよう仁花』

『やくそく……?』

『そう、約束。――10年後の今日、仁花が高校生になって、その時俺がまだバレーを続けていたら――』











ピリリリリリリ……



仁花は自身の目覚まし時計の音で ハッと目を覚ました。
腕を伸ばして目覚まし時計を止め、のそりと起き上がり、カーテンを開けた。
薄明るい空。まだ日は昇りきっていないようだ。

今日は土曜日だが仁花には部活がある。急いで着替えて部屋を出た。

リビングに行くと、机の上に可愛らしい箱が置いてあった。


《I love you!》


そう書かれた箱。開けると、チョコトリュフが4個並んでいた。


ああ、そうだ。
今日はバレンタインデーだ。


この日の為に、部活の皆にたくさんクッキー焼いてちまちまラッピングしたんだった。
皆喜んでくれるかなぁ……

あ、そうだ。

仁花は自分の部屋から一つラッピングされたクッキーを取ってくる。
ラッピングの袋には "I love you!" と書いてあり、かぶっちゃったな、と少し笑った。

……今日は久しぶりに仕事が休みだから、もうしばらく起きて来ないだろうな、と隣の母親の部屋のドアを見つめた。

そっとそのクッキーをリビングのテーブルの上に置くと、仁花は軽く朝食を済ませ、いつものリュックとクッキーを持って家を出た。











「あ、あの!よ、良かったらクッキーいかがですか……!!」



部活の昼休み。
清水に背中を押されて勇気を出してそう言うと、"バレンタインチョコキター!!!!" と約2名の2年生が雄叫びをあげた。

仁花がその言葉を聞いて、チョコじゃなくてすみません……!!と土下座すると、清水が素早く馬鹿二人を睨んでから、 "チョコは溶けちゃうもんね?" と、にこりと笑った。


まずは清水、澤村、菅原、東峰の3年生に配った。"いつもありがとうございます" の言葉も忘れずに。
ありがとう、と3年生は仁花の頭を撫でる。

次に同じように縁下、成田、木下、……田中、西谷の2年生。
最後に、日向、影山、月島、山口の1年生に配った。



「うおおおおっ!!お、おれ、母さんと夏以外の女子から貰うの初めてカモ!!」

「全員同じラッピング、同じクッキーの枚数。マネージャーから部員へってやつだからね?わかってるの、君」

「わ、わかってるよ!!」

「美味かった」

「影山食べるの早っ!!」

「ふふ、ありがとう」



良かった。皆美味しそうに食べてくれてる。



「き、潔子さんから、は……?」

「……一人一個ね」



そう言って、清水は袋を田中に渡した。



「うおおおお義理チョコ感ハンパないブラッ●サンダーがたくさん入った袋出たああああああああ!!」

「毎年そうじゃん」

「だから」

「今年はこれ以外にもある」

「え……!?」



清水は持ってきていたもう一つの袋から、綺麗にラッピングされたチョコを取り出した。



「はい、やっちゃん」

「ふぇ!?!?わわわわ私めにでござりますか!?!?!?」

「うん。迷惑じゃなかったら受け取って?」

「めめめめ迷惑だなんてそんな……!!ありがとうございます神棚にお供えしますううううう!!!!!」

「いや、今日中に食べてね?」



清水と仁花のやり取りに、皆が笑う。
そんな中、目敏く仁花の持つ紙袋の中身をちらりと見た者がいた。



「谷地さん」

「?どうしたの影山くん」

「まだ余ってるっすけど……誰かにあげるんすか?」

「え」
「は?」
「んっ?!」



影山の言葉に、その場の空気が凍りつく。

確かに、クッキーはまだ3つほど余っていた。
しかし、仁花は紙袋の中身をあまり見せないようにして答えた。



「烏養コーチと武田先生の分だよ」











部活終了後。
まだ辺りが明るい時間帯だったので、一人でバス停でバスを待つ。
仁花は一つ残った、一番綺麗にラッピングされたクッキーをちらりと見た。



"約束しよう、仁花"



今朝見た懐かしい夢。
今思えば、初恋……だったと思う。
いや、初恋“だった”というのは少し語弊がある。
……今でも、ずっと、好きなんだ。

その証拠に、仁花はその約束をずっと覚えていた。
忘れないように、と 毎年カレンダーが変わる度に最初に予定に書いていたものだ。



"10年後の今日、仁花が高校生になって、その時俺がまだバレーを続けていたら――"



"10年後の今日"。それが、今日。
あの人は、覚えているだろうか……


大きな雪だるまを作って遊んだあの空き地に、行ってみよう。


そう決心して、仁花はバスに乗り込んだ。











「……やっぱりいないかぁ……」



案の定、例の空き地には誰もいなかった。

10年前と違って今年は雪がほとんど溶けてしまっていて、草が空気に曝されていた。


……だいたい、"今日"ってだけで時間もわからないし。


ぎゅ、と紙袋を握る手に力が入る。


帰ろう。


そう思って踵を返した、その時だった。



「仁、花……?」



その声に、ハッと顔を上げる。



……夕日に照らされて琥珀色に輝く髪。
優しげな瞳。

かなり身長は高くなっているけど、間違いない。



「あきてる、お兄ちゃん……!」











「まさか本当に会えるとは思わなかったよ、元気?」

「うん……!お兄ちゃんも、元気?」

「元気元気。……というかその制服烏野だろ?烏野の1年に俺の弟いるんだ〜」

「へえ……!会ってみたい!」



ははは、多分すぐわかるぞ、とお兄ちゃんが笑うので、私も笑った。

……この人が、あきてるお兄ちゃん。
10年前、ここで約束をしたお兄ちゃんだ。



「お兄ちゃんは、まだバレー続けてるの?」

「おう、一応な」

「そっか」

「……」

「……」



何か、話さなきゃ。
そう思うのに、言葉は何も思い浮かばない。

二人の間に、沈黙が流れた。



「あ」

「え?」

「その、紙袋、」

「あ……」



一つだけ、まだラッピングされたクッキーの入った、紙袋。
それを覗き込んで、お兄ちゃんは ハッとした。



「悪い、チョコ渡しに行くところだったか!?」

「え、あ、これは、」

「もうこんなに遅くなっちまったし……ごめん!」

「あ、ちが、違うの、お兄ちゃん!」



頭を下げたお兄ちゃんに慌てて駆け寄って頭を上げるように促した。



「……10年前、ここで約束した」

「え……」



紙袋から、最後のクッキーを取り出し、お兄ちゃんの前に差し出した。



『――10年後の今日、仁花が高校生になって、その時俺がまだバレーを続けていたら――』



「チョコ、あげるって約束した」

「……覚えて、たんだ」

「うん」



だから、とクッキーをずいっと差し出す。
すると、お兄ちゃんは困ったように笑って頬を指で掻いた。



「いやあ……あの、さ、その頃は、小学生だったじゃん?」

「うん」

「だから……その、チョコを渡す意味を理解していなかった、というか、ね……」

「……ん?」

「あの……言われても困るだろうけど……俺、本気で仁花のこと、好き、なんだよね」

「え……?」



あきてるお兄ちゃんは熱の集まる顔を手で覆った。

あれ、もしかして……

一生懸命、一番時間をかけてラッピングした、みんなに配ったものよりも少しだけ量の多いクッキー。



「だから……その、チョコ渡されたら、勘違いしちゃう、というか……」

「これ……」

「ん?」

「ほ、本命に、見えないかな……?」

「……え?」

「……」

「え……っと、それは……え?」

「……〜〜〜〜〜っ」

「っ!!!!!」



二人して、真っ赤になった顔を手で覆った。










おまけ


【月島家に初めてお邪魔しました】

明光「ただいま〜!蛍いるー?」

仁花(けい……?)

蛍「何………………え?谷地さん?」

仁花「へ!?つつつつ月島くん!?!?」

明光「え、知り合い?」

仁花「ああああ言い忘れてたけど私今バレー部のマネージャーやってて……!えええというか月島って名字だったけええええ!?!?」

蛍「待って待ってどういうこと?何、谷地さんと知り合いなの?」

明光「小学生からの付き合いでさっき俺の彼女になりましたー☆」

蛍「はぁ???????」

仁花「ヒイイイすみませんすみませんすみませんすみません」

明光「羨ましかろう羨ましかろうはっはっはっ!俺ちょっと仁花を車で送ってくっから!」

蛍「……マジか」



【デート】

明光「ドライブ行くべ。どこか行きたいとこある?」

仁花「えっ免許は……!?」

明光「えっ18の時にとったよ……!?」

仁花「あっそっか。じゃあ海行きたい!」

明光「あのー仁花さん?今2月ね?」




【学校で】

蛍「……最近どうなの、うちの兄貴とは」

仁花「え?小6の頃と全然変わらないなって、ふふっ」

蛍「……それ誤解されるから本人の前で絶対に言わないでよ。しょぼくれると長いんだから」

仁花「?」




【月島家で】

明光「やっぱり社会人が高校生に手ぇ出すのはダメだよな……」

蛍「ダメに決まってるデショ。だいたい谷地さんは端から見ればより年下に見えるからロリコン疑惑浮上するよ」

明光「うわああああ」




【うち来る?】

明光「仁花、仙台の中心部のほうの大学行くの?」

仁花「うん。だから今一人暮らしの部屋探してるとこなんだー」

明光「じゃあうち来れば?」

仁花「あ、いいの?行く!」




【惚気話】

明光「彼女が可愛すぎてつらい」

明光「彼女が無防備すぎてつらい」

明光「彼女のご飯美味しすぎてつらい」

明光「彼女が奥さんにしか見えなくてつらい」

明光「なあ蛍どうすればいい」

蛍「もう結婚しちゃえば????????????」




【プロポーズ】

明光「仁花さん仁花さん」

仁花「夕飯はまだだよ?」

明光「今15時だよ?それくらいわかるよ?じゃなくてですね!」

仁花「なあに?」

明光「仁花は今年大学を卒業して就職しますね?」

仁花「うん……まぁ、就職先決まればの話だけど」

明光「そんで、俺はついに30代のおっさんになるんですね」

仁花「やだそんなになるの」

明光「ちょっと傷ついた。じゃなくてですね!その、えっと、」

仁花「?」

明光「そ、そろそろ、籍入れません?」




【結婚式の朝】

蛍「谷地さんが義姉とか……」

仁花「月島くんが義弟か……」

明光「こら蛍。もう谷地さんじゃないんだからな」

蛍「そうか。じゃあ仁花?」

明光「表に出ろ小僧」




【結婚式前のあの世代】

日向「月島仁花になるって聞いたから俺てっきり月島と結婚するんだと思って月島に電話しちゃったよー」

山口「俺も俺も。"何で付き合ってること言ってくれなかったんだよ!"って開口一番で泣きながら怒鳴った(笑」

蛍「君達僕の気持ちちょっとは考えてよ」

影山「谷地さん幸せにすんだぞ月島ボゲェ!!」

蛍「は???????」

影山「え?」




【影山の結婚祝い】

影山「マジか月島の兄貴とだったのか」

蛍「僕そう言ったよね??????????」

影山「お祝いに眼鏡買ってきちまったじゃねーか」

蛍「僕の結婚式にそれ持ってきたら殺すね???????」

日向「え、お前結婚すんの?」

山口「ずっと初恋こじらせてるかと思うじゃん?違うんだなこれが」

蛍「うるさい山口」

山口「ごめんツッキー☆」

蛍「初恋こじらせてるって……あの二人じゃないんだから」




【新郎スピーチ】

明光「えーどうも!新郎の明光です。まず最初に言っておきますが俺はロリコンじゃありませんし、仁花さんもロリじゃないです」

蛍「いやどう見てもロリとロリコン」

明光「おいそこの小僧黙れ」




明光「初めて出会ったのは小学生の時。他学年と交流を深めようみたいな時間の時、当時6年生だった俺は当時1年生の仁花さんとペアを組んで、俺は仁花さんのお守りを任せられました」

仁花「今思えば運命だね」

明光「そうだな。そこから2人で結構遊ぶようになって……俺が小学校を卒業する間際のバレンタインデーに、約束したことがあるんです」

明光「"10年後の今日、仁花が高校生になって、その時俺がまだバレーを続けていたら……俺にチョコをください"って」

明光「まあ当時俺は小学6年生のガキですから、"また会える口実"を作りたかっただけなんですけど」

明光「だんだんと、仁花さんに恋している自分に、気付いたんです」

明光「そして、10年後なんて長い期間を約束にした自分を呪いました」

明光「そして10年後、俺が22歳、仁花さんが16歳の時、俺たちは再会しました」

明光「すごいですよね、10年前の約束を、2人とも覚えていたんです」

明光「そこで、仁花さんにチョコを渡されたんですが……」

明光「……本命じゃないチョコは貰いたくないなって、思ってしまったんです」

蛍「贅沢言うなよ」

明光「うるせえな」




明光「そこで、自分の想いを告白して、"勘違いしちゃうから義理チョコは受け取れない"って、言ったんです」

蛍「我が儘だな」

明光「もうお願いだからお前黙れよ」




明光「そしたら仁花さん顔真っ赤にして、"これは本命に見えない?"って……!!もう可愛くて可愛くて」

仁花「明光さん、新郎スピーチあと30秒だから」

明光「え、待ってこの話で終わっちゃう」




明光「まあそれからいろいろあってここまで来ました!皆ありがとう!!」

蛍「以上新郎の惚気話でした〜」




【月島蛍のぶっちゃけスピーチ】

蛍「まあ今だから言っちゃいますけど、僕は高校生の時新婦の仁花さんに恋をしていました」

明光「ぶっひゃマジかつらぁ(笑」

蛍「今でも何故僕じゃなくこんな兄を選んだのか、僕にはさっぱり、さっっっっぱり理解できません」

明光「何か今日俺めった刺しじゃね?」

蛍「でも、彼女が選んだんだから、何も文句は言えません。ただ、この際言っておきます」


蛍「いくら仁花さんが可愛いからって、惚気話は余所でやってください」


仁花「ん?」

蛍「以上月島蛍でしたお幸せに??????????」

明光「悪意しか感じない」

仁花「どういうことですか、明光さん??」




【新婦スピーチ】

仁花「えっと、新婦の月島……旧姓谷地、仁花です。まず、ここまで育ててきてくれたお母さん、ありがとう。小学校、中学校、高校、大学、職場の皆さん、私を支えてきてくれてありがとう」

仁花「運命って、すごいですね。小学生の頃出会って、高校生で再会して、そのままここまで来てしまいました」

仁花「今だから言えることですが、私はバレー部のマネージャーになっていなかったら、あのバレンタインの日、約束の場所へは行かなかったと思います」

明光「何それ初耳」

仁花「だから、引っ込み思案でネガティブな私をバレー部のマネージャーに誘ってくれた、清水潔子先輩。マネージャーになろうか悩んでいた時に手を引いてくれた日向に、心から感謝申し上げます」

日向「そそそそんな大層なことしてないって!!」

仁花「ううん、私はバレー部のマネージャーになってから、変わったの。マネージャーになれたから、変われたの。マネージャーになってなかったら、きっと何も変わらなかった」

清水「仁花ちゃん、ちょっといい?」

仁花「?はい」

清水「……まず、私が彼女をマネージャーに誘ったのは、日向が調べて書いてくれた"部活に入ってない1年生"のリストの人を順番に訪ねていったからなので、私は何もしていません。日向のおかげです」

日向「ややややや止めてくださいいいいいい」

影山「お前そんなことやってたのかよ」

山口「すごいな日向」

蛍「やる時にはやるんだね」

清水「それと、彼女が変われたのは、彼女の努力があってこそです。最初はたくさんのミスに土下座ばかりしていたけど、それでもマネージャーを止めずに続けてくれたのは、紛れもなく彼女の意志です。どうか、これだけはわかっていてください。……おめでとう、仁花ちゃん」

仁花「は、はい……!み、皆さん、ありがとうございました……!!月島仁花、幸せになります!!」

明光「必ず幸せにするから!!」











蛍「……ほんと、幸せにしなきゃぶっ飛ばすから」

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