ハイキュー短編 | ナノ


  【かげやち】私の目を奪うモノ


谷地仁花15歳。
最近気になって仕方がないものがあります。



「腰高ぇよ日向ボゲェ!」

「ヒィッ」



今 日向を怒鳴っている影山くん。












……の、唇。







アヒル口のような……上唇が少し突き出した彼の唇が、気になって仕方がないのです。


廊下ですれ違う度、部活で会う度、試合で見る度、帰り道で話す度、彼の唇ばかり見てしまいます。
彼の唇に、自然と目がいってしまうのです。

その視線に気付いた彼と目が合ってしまうこともしばしば……


そんな日々が続き、ついに帰り際に彼に言われてしまいました。



「谷地さん、俺に何か用スか?」

「ふえ!?なななな何も!?何で!?」

「いや……最近よく目が合うから」



そう言って彼はそっぽを向いた。

私は、さぁっと 自分の全身の血の気が引いていくのがわかり、慌てて勢いよく頭を下げました。



「すすすすすすみません村人Bごときが影山くんとよく目が合うなんて本当私気持ち悪いよね本当に申し訳――」

「俺、」

「、え」



彼の声に顔を上げると、彼はそっぽを向いたまま さっき、と言った。



「さっき……菅原さんに、聞いてみたんだ」

「え……何を?」

「……"最近谷地さんと目が合うんスけど、何でっスかね?"って」

「えええっ」



すすす菅原さんに何て質問を……!
影山くん天然すぎるよ……!



「そしたら、"それは、お前がやっちゃんを見て、やっちゃんがお前を見てるからだろ?"って、菅原さん、が……」



今度は、自分の全身の血が顔に集まるのがわかりました。

気のせいか、そっぽを向いた影山くんの耳も少し赤らんでいるように見えて、私はますます恥ずかしくなりました。



「ご、ごめん影山くん!!!」

「え?」

「わ、私が影山くん見すぎて視線に気付いた影山くんと目が合ってしまうのであって、影山くんは何もしてません!!全ての原因は私です!!」

「え、いや、あの……」

「それと!!」



私はそこで一回息を吸い直しました。

私のあらぬ性癖(?)がバレてしまいますが、ここはとりあえず誤解を解かなくては!!



「わ、私……影山くんを見てたわけじゃなくて……」

「え?」

「か、影山くんの、唇見てたの!!」

「……はあ」



頭にクエスチョンマークを浮かべながら小首を傾げる影山くん。
ごめんねこんな変態女とよく目が合うなんてすごく嫌な気分だよね、でも私こんな時でも影山くんの唇見ちゃうんだごめんね本当……



「俺の唇……何か変っスか?」

「へ!?変じゃないよ!?た、ただ……その、影山くんの唇って、上唇が突き出してるじゃない?」

「……そっすね」



自分でふにふにと唇を触って確かめる影山くん。


……あ、


そんな影山くんを見て、私は新たなる境地へと達してしまったのです。



「どんな感触なんだろう……」

「え」

「ハァッ!?!?」



バッと自分の口を抑えるも時既に遅し。

どうしよう……思わず口に出しちゃった……絶対引かれたよね?
いやもう唇見てたって言ったあたりからずっと引いてると思うからさらに引いたよね?

ああ明日からどうやって過ごそう……?
谷地仁花は影山飛雄の唇を四六時中眺めている変態だという噂が学校中を駆け巡り……
部活は退部……学校は退学させられて……
そんな私は……社会の……ゴミ……



「谷地さん」

「もご……もごもご……」

「いや、何言ってるか全然わかんないス」



口を抑えていた私の手を、影山くんがそっと剥がしました。
影山くん……なんて優しい仕草なの……



「谷地さん」

「影山くん……こんな私に優しくしてくれてありがとう……来世はこんな性癖持たない人に生まれたいな……」

「せーへき?いやあの、谷地さん、聞いてください」

「はい……」

「俺も、谷地さんの唇のかんしょく、気になってた」

「……え?」

「だから、」



急速に私の顔近づく彼の唇。

強引にかぶりつかれた、私の唇。

掴まれたままで動けない、私の両手。



……あれ?

おかしいな。

何がどうなって今の話の流れでこんな……こんな……



ぺろ、と少しだけ彼の舌が私の唇を撫で、唇の温かさは離れていった。

呆然と彼を見ていると、彼は ふむ、と顎に手を添えて自分の唇を舐めた。



「やっぱり美味いっすね」

「……ハァッ!?!?」



私は一気に頭の中が大混乱スマッシュシスターズ(あれ、何か違う)になりました。

美味い!?美味いって何!?
やっぱりって何!?やっぱりって!?
というか今何が起こった!?何故こんなことが起こった!?



「大丈夫すか谷地さん」

「大丈夫じゃないよ!?!?!?ななななななな何で、こ、こんな、」

「?だって谷地さんも俺もお互いに唇のかんしょく気になってたんスよね?」



先程と同じように小首を傾げて私を見る影山くん。
もう、何でそんな顔するの……
高ぶっていた感情が一気に収まる。

しかし私はそこで、ピンときて影山くんを諭しました。



「……影山くん」

「はい」

「かんしょく、って言うのは、"触った感じ"の感触であって……"食べた感じ"では……」

「……え」



やっぱり!!

そうだと思った!!!

だってすごく味わってるんだもの!!!!



「まあどっちでもいいじゃないスか?」

「よくないよ!?!?!?」



また小首を傾げる影山くん。
何でそんなに冷静なの!?!?
天然!?天然なの!?!?
これは天然がなせる技なの!?!?



「俺、いつも谷地さんがリップクリーム塗ってるとこ見て、美味そうだなって思ってた」

「ぅえ!?!?」

「部活中もたまに休憩時間に塗り直したりしてるとこ見ると、あー美味そうだなーって」

「ちょ、ちょっと待って影山くん!!」

「ん?」



部活中にリップクリーム塗り直すのあんまりよくないかなって、皆が見てないうちにこっそり素早くやってたはずなのに……!!



「な、何で私のこと、そんなに見てるの……?」



「……?」



本日何回目だろうかという小首傾げ。
ちょっと考えた後、影山くんが言ったのは、



「何でっスかね?」



という言葉だった。

私が何で影山くんの唇に目がいってしまうのかわからないのと同じように、影山くんもそうなのかな……?



「……そっか、それなら仕方ないね」

「うす」



なぁんだ、私だけじゃなかったんだ。影山くんもそうなんだ。

そう思うと、少しだけ気が楽になりました。



「じゃあ帰ろうか」

「うす。バス停まで送るっス」

「いつもありがとう、影山くん」





背が高くて

目つきが悪くて

勉強が苦手で

バレーが大好きで

上唇が突き出した


彼。



そんな彼の唇に、私は今日も 目を奪われる。













――待って、あそこまでやって何であの二人自覚しないの?

――鈍感怖い

――もう早くくっつけよ……

――俺らが何やっても全然気付かないって……

――もう疲れてきたんで真っ向勝負いきません?

―― "君の目を奪うのは唇じゃないよ"

――って




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