ハイキュー短編 | ナノ


  【かげやち】俺の目を奪うモノ


『【かげやち】私の目を奪うモノ』の影山視点になります。
9月19日はかげやちの日!来月はひなやち、そしてつきやち、やまやちと続きますね……ヒャッフゥ!












影山飛雄15歳。

最近よく、美味そうだなと思うものがある。



「影山くん、タオルとドリンクどうぞ!」

「ああ、あざっす」



休憩中、笑顔でタオルとドリンクを渡してくれた谷地さん。



……の、唇。




プルプルで、ツヤツヤしてて、甘い香りのする彼女の唇が、とても美味そうに見えるのだ。


というのも、影山は最近何故かよく谷地と目が合うのだ。

目が合って、気まずさに少し視線をずらすと、自然と彼女の唇が視界に入る。美味そうな、彼女の唇が。


それまではあまり気にしてはいなかったのだが、初めて彼女の唇を意識した時から、廊下ですれ違う度、部活で会う度、試合で見る度、帰り道で話す度……甘い香りに誘われて、ごくりと唾を飲むのであった。


他の女子からはしない甘い香り。谷地さんだけから香ってくる、独特の甘い香り。


その正体はなんとなくではあるが影山はわかっていた。

部活中、たまに谷地が塗っているリップクリームだ。

リップクリームを塗った後の谷地からは、甘い香りが強くするのだ。さらに唇のプルプル感もツヤツヤ感も倍増しているように見える。


谷地がリップクリームを塗る様子は毎日は見られないのだが、たまに見るとその日はなんだか調子が良くなるような気がした。

そしてその度に、美味そうだなと思うのであった。


タオルとドリンクを抱え、俺の前を甘い香りを漂わせながら通り過ぎていく谷地さん。

ああ、美味そうな匂いだ、と思って目を閉じた。ふぅ、と息を吐いて脱力する。


数秒経って静かに目を開けると、バチッと谷地さんと目が合った。

谷地さんは慌てて視線を落とす。


……本当に最近、よく目が合うな……?

何か用でもあるのだろうか?


今日は確か俺が谷地さんを送る日だったはず。

帰り際に聞いてみようかな。









その日の部活が終わり部室で着替えていると、『聞こう聞こう』と心の中で念じている俺に気付いたのか、菅原さんが声をかけてきた。



「何かあったのか影山?」

「え、」

「いつにも増して顔が怖いぞ」



なんということだ。

それでは谷地さんに怖がられてしまう……

俺は自分の頬を触った。

すると菅原さんが俺の眉間に指を押し当て、皺ついて直んなくなるぞ、と言った。



「何かあったんなら、相談乗るぞ? 何でも相談しろよ?」

「……」



菅原さんは俺を心配してくれているのだ。

菅原さんという先輩がいて本当に良かったと、胸が熱くなった。

菅原さんならきっとこの疑問に納得のいく答えを出してくれると勝手に期待して、俺は菅原さんに聞いてみることに決めた。

俺はフッと息を吐いて落ち着かせてから口を開く。



「……あの、」

「うん?」

「最近……谷地さんとよく目が合うんスけど、何でっスかね?」



シン、と部室が静かになった。

あれ、と思って周りを見ると、着替えの途中のみんなが俺を見ていた。

何だ、何なんだ。俺、何か変なこと言ったか?


どうしよう、と行き場のない手をうろうろさせていると、菅原さんがブフォ!と吹き出した。



「アッハハハ、おま、フフ、何でって、そりゃ……」



菅原さんはそこまで言って、そしてまた俺を見て笑い出した。

そ、そんなに笑わなくても……と眉間に皺が寄る。

すると、ヒーヒーと涙を零しながらなんとか笑いをおさめた菅原さんが言った。



「それは、お前がやっちゃんを見て、やっちゃんがお前を見てるからだろ?」









谷地と影山は、お互いに無言で校門までの道を歩いていた。正確には、影山が考え事をしていて顔面凶器になっていたので谷地が話しかけられないだけなのだが。


影山は悶々と、先ほど菅原に言われたことを反芻していた。



『それは、お前がやっちゃんを見て、やっちゃんがお前を見てるからだろ?』



……確かに、その通りだった。

目が合うということは、俺も谷地さんもお互いを見ていないとそうはならないわけで。

俺が谷地さんを見ると、何故か俺を見る谷地さんと目が合う、と。そういうわけか。


……何で谷地さんは俺を見てるんだ?



「谷地さん、俺に何か用スか?」



突然声を発した影山に谷地はビクリと肩を震わせた。



「ふえ!?なななな何も!?何で!?」



何も?



「いや……最近よく目が合うから」



何もないのに、俺を見てるのか……? 何でだ?

うーん、と谷地さんから顔を逸らして考える。

もしかして、バレーについて何か俺から学ぶことがあるのだろうか? あ、ちょっと嬉しいかも……

そっぽを向いたまま静かに口元を緩ませた。


すると、突然谷地さんが慌てて勢いよく頭を下げた。



「すすすすすすみません村人Bごときが影山くんとよく目が合うなんて本当私気持ち悪いよね本当に申し訳――」

「俺、」

「、え」



俺は緩い口元を見せないようにそっぽを向いたまま さっき、と言った。



「さっき……菅原さんに、聞いてみたんだ」

「え……何を?」

「……"最近谷地さんと目が合うんスけど、何でっスかね?"って」

「えええっ」



谷地は驚き慌てて変な動きをしだした。

影山はそっぽを向いているため気付かない。



「そしたら、"それは、お前がやっちゃんを見て、やっちゃんがお前を見てるからだろ?"って、菅原さん、が……」



ああ、口に出したらなんだか恥ずかしくなってきた……

俺はそっぽを向いたまま口元を手で覆った。



「ご、ごめん影山くん!!!」

「え?」



その声に驚いて谷地さんを見ると、谷地さんは頭を深く下げていた。髪がひっくり返って、真っ白な項が見える。



「わ、私が影山くん見すぎて視線に気付いた影山くんと目が合ってしまうのであって、影山くんは何もしてません!!全ての原因は私です!!」

「え、いや、あの……」

「それと!!」



谷地さんは早口で何やら自分が悪いのだと言っている。

谷地さんはそこで一回息を吸い直した。

な、何を言われるんだ……



「わ、私……影山くんを見てたわけじゃなくて……」

「え?」



俺を見てたわけじゃない……?

じゃあ何を見ていたんだ?

……もしかして俺に背後霊でも憑いているのか……!?



「か、影山くんの、」



ドクンドクンと心臓が音をたて、嫌な汗が背中を流れた。




「唇見てたの!!」




………………くちびる?




「……はあ」



首を捻る。

唇?


……俺の、唇?



「俺の唇……何か変っスか?」

「へ!? 変じゃないよ!? た、ただ……その、影山くんの唇って、上唇が突き出してるじゃない?」

「……そっすね」



自分の唇を触ってみる。確かに、俺の唇は下唇より上唇が突き出していて……

中学時代はよく及川さんに唇を引っ張られたものだ。

いや……でも、俺のより谷地さんのほうが……


そう思っていると、谷地さんがぽそりと呟いた。



「どんな感触なんだろう……」

「え」

「ハァッ!?!?」



バッと自分の口を押さえる谷地さん。


……かんしょく?


かんしょく……感、食?

……食べた、感じ?


もしかして、谷地さんも……気になってたのか?



「谷地さん」

「もご……もごもご……」

「いや、何言ってるか全然わかんないス」



俺は自分の口を押さえていた谷地さんの手を取った。谷地さんの手は細くて小さくてすぐ折れそうだから、なるべくそっと。

手をどけて見えた谷地さんの唇は、相変わらず美味しそうで。月明かりに照らされて、妖艶に輝いていた。


――ああ、美味そうだ……


ごくり、と生唾を飲む。

もう、目が離せなかった。


ぎゅ、と掴んでいた谷地さんの手を握る。



「谷地さん」

「影山くん……こんな私に優しくしてくれてありがとう……来世はこんな性癖持たない人に生まれたいな……」

「せーへき? いやあの、谷地さん、聞いてください」

「はい……」

「俺も、谷地さんの唇のかんしょく、気になってた」

「……え?」

「だから、」



がぶり、と俺は谷地さんの唇にかぶりついた。


あの甘い香りが鼻をつく。

柔らかく、外気に触れて少し冷たい谷地さんの唇が、気持ちいい。


もっと味わいたかったが、屈みすぎて体勢が辛くなったので、ぺろりと谷地さんの唇を舌で撫で、俺は顔を離した。


俺は顎に手を当て、谷地さんの香りのついた自分の舌を舐める。


ああ……



「やっぱり美味いっすね」

「……ハァッ!?!?」



ボン、と音をたてて真っ赤になった谷地さんは、ふらふらと後ずさった。



「大丈夫すか谷地さん」

「大丈夫じゃないよ!?!?!? ななななななな何で、こ、こんな、」

「? だって谷地さんも俺もお互いに唇のかんしょく気になってたんスよね?」



何か大丈夫じゃないことがあったのか?

首を捻って考える。

谷地さんも俺も、お互いの唇の『かんしょく』が気になってた。だから俺は谷地さんの唇を……


その時、谷地さんが何かを察したように「……影山くん」と俺の名前を呼んだ。はい、と答える。



「かんしょく、って言うのは、"触った感じ"の感触であって……"食べた感じ"では……」

「……え」



『食べた感じ』じゃなかったのか……!?

いや、でも触った感じも食べた感じもどうせ同じことじゃないか?

味わうか否かの問題ってだけで。



「まあどっちでもいいじゃないスか?」

「よくないよ!?!?!?」



よくない?

何でだ?


また首を捻って考える。

俺はずっと谷地さんの唇美味そうだなって思ってたのに。触れたい、食べたいと思っていたのに。

谷地さんはそうじゃなかったのか?



「俺、いつも谷地さんがリップクリーム塗ってるとこ見て、美味そうだなって思ってた」

「ぅえ!?!?」

「部活中もたまに休憩時間に塗り直したりしてるとこ見ると、あー美味そうだなーって」

「ちょ、ちょっと待って影山くん!!」

「ん?」



真っ赤な顔で俺を手で制す谷地さん。

いつも谷地さんの行動はよくわからないが、今日はさらによくわからない。

俺は谷地さんの言葉を待った。



「な、何で私のこと、そんなに見てるの……?」


「……?」



俺が、谷地さんのことを見てる……?

そう、なのか……?

何で?


………………何で?



「何でっスかね?」



少し考えてもわからなかったので、すぐに白旗を上げた。

そんな、物事をするのにいちいち理由なんて考えないし、そんな難しいこと俺にはわからない。



「……そっか、それなら仕方ないね」

「うす」



谷地さんはわかってくれたようで、俺はほっとした。

谷地さんもさっきまでの真っ赤な顔はなく、どこかほっとしたような表情だった。


そしてふと、ここがまだ学校の校門だということに気が付いた。



「じゃあ帰ろうか」

「うす。バス停まで送るっス」

「いつもありがとう、影山くん」



にこりと笑った谷地さんの唇は、やっぱり美味そうだった。



















「ちょっと。校門で堂々とあんなことすんのやめてくれない?」

「あ?」



谷地さんをバス停まで送り届けた後、何故か月島が道端で俺を待っていた。

あんなことってなんだ?



「谷地さんとキスしてただろ」

「は?」



きす……

…………キス……?


いくら知識のない俺でもキスがどういう行為なのかは知っていた。

キス。確か唇と唇を合わせること。


…………唇と、唇を?


俺はさっきのことを思い出した。

校門で、俺は谷地さんの唇を……



「………………アッ……!?」



一瞬にして体温が上がるのがわかった。

ドクドクと脈を打つ心臓。一際熱い自分の唇。それらに全神経が持っていかれる。



頭の中が谷地さんでいっぱいになっている中、月島の溜息の音が聞こえた。

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