【ひなやち】365分の1【谷地誕】
9月4日、金曜日。
今日は谷地さんの誕生日だ。
部活のはじまりでみんなで谷地さんをお祝いして、今は部活終わり。
谷地さんに『送っていくからちょっと待ってて』と言って、急いで部室で着替える。
鞄の中には、先ほどみんなであげたプレゼントとはまた別の、”おれ”からのプレゼント。
思えば、谷地さんが入部してもう数か月も経つ。
――おれは谷地さんと出会った日のことを一生忘れないだろう。
あれは、インハイ予選が終わった後のことだった。
昼休み。ご飯を食べ終わってぼんやりしていると、教室前の廊下が急に騒がしくなった。
「……誰だろ?」
「3年生かな……?」
「美人!!」
そんな声が聞こえてきて、好奇心に負けて日向は教室から顔を出した。
「何 何? 何したの」
見ると、1年の廊下にそぐわない、凛とした――我がバレー部の麗しき、そして唯一の女子マネージャーである清水潔子先輩の後ろ姿が見えた。
「きっ、清水先輩っ!?」
「!」
思わず声を出すと、清水先輩は振り向いてこっちに小走りに近づいてきた。
あああ、思わず声かけちゃったけどどうしよう、どうしよう。
そうやって混乱している間にも清水先輩は近づいてくる。
何か、何か喋んなきゃ。
「こっこんなトコで、どう、Do」
「!? 日向が3年生の美女と知り合い!?」
「なんかいいにおい……」
周りからそんな声が聞こえてきたが悪いがこっちはそれどころじゃない。
なんてったって、”あの”清水先輩を前にしているのだ。
清水先輩はおれの目の前に来ると、少し視線を惑わせてから、やがて心を決めたように口を開いた。
「……日向あのね」
「ファフ!!」
何だ、何を言われるんだ。
「1年生の中で、どの部活にも入ってない子ってわかる?」
……?
*
1年生の中で、どの部活にも入ってない子を探している清水先輩。
いくら勘の悪いおれにだって、その意図はなんとなくわかっていた。
……マネージャー、勧誘。
確かさっき清水先輩、男にも声かけてた。じゃあ性別は関係ないのか。おれとしては女子がいいケド……
よし、おれも手伝うぞ。
そう意気込んで、おれは全クラスを回って部活に入ってない奴の名前を集め始めた。
まずは自分のクラス、そして2組、3組と順番に回って、友達に聞いていく。
運が良いことに全クラスに1人は友達がいて、かなり助かった。
そうしていって、ちょうど5組の友達に聞いているところだった。
「部活に入ってない奴? いっぱいいるぜ。なんてったって進学クラスだからな。勉強に専念する奴が多いのさ」
「へえー、なんか勿体ねえな」
「それな」
友達は、クラスを見回して名前を言っていく。
「……あとはー……あ、谷地さんもだな」
「や……、何なに」
「や、ち。山谷の谷に、地面の地。名前は仁花。仁義の仁に、簡単なほうの花」
「ジンギのジン……?」
「ああもうほら、貸せ」
谷地仁花。
おれのメモ帳を奪って、友達がそう書いてくれた。
「へえ、なんかすげえ名前だな」
なんか、こう、グワッとくる。
そう言うと友達は何かを察して、ほらあの子だよ、と指さした。
友達の指の先――そこにいたのが、谷地さんだった。
太陽に照らされて輝くたんぽぽ色の髪。
本のページを捲る真っ白な指先。
太陽の暑さで少し火照った頬。
トクン、と心臓が変な音をたてる。
「?」
不思議に思って胸をさすってみるが、なんともない。
なんだったんだろう? ……まあ、いいか。早く次のクラスに行かなきゃ。
「あとはいないか?」
「え、ああ、うん」
「そっか、じゃあありがとな!」
おかしな心臓の音。
――思えばあれが、恋に落ちる音だったんだ。
*
あの頃はまだ、谷地さんのこと全然気にも留めなかったなあ。
なんて、思い出してはクスクスとひとりで笑う。
「……何笑ってんだ日向ボケェ」
「なんでもねー! じゃあ先失礼します! お疲れ様でした!」
部室を飛び出すと、谷地さんが既に準備万端でこちらを見て微笑んでいた。
帰り際に、おれが変なこと言ったら、君は笑うだろうか。それとも……
何はともあれ。おれは谷地さんの目の前まで走ってきて、息を吸い込んだ。
「谷地さん、誕生日おめでとう!」
365分の1の奇跡に、祝福を。
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