【うしやち】雨襲来、恋襲来
白鳥沢からほど近い谷地家ではたまたま通りかかった牛島と曲がり角でドーン!とかちょっとうち寄っていきなYO!みたいなところから始まるうしやちがあるのではないかと私は考えました。まる。
うしやちってどっちも鈍感というか天然というか……噛み合ってない感じがまたいいですねハァハァ←
*
バスから降りて、ふぅ、と息を吐く。
いつもよりちょっと早く部活が終わり、バス停から家であるマンションまで帰る、ほんの数百メートルの間の出来事だった。
じりじりと照りつける太陽に仁花はけだるげになりながらもマンションまでの道を歩いていた。
暑さの為か、いつもよりマンションが遠い。
皆はこの暑さの中走ってたんだなぁ、と 今日の部活のロードワークを思い出した。
目の前の信号が赤になった為、仁花は立ち止まる。
ふと顔を上げて空を見ると、夕方にも関わらず太陽がジワジワと仁花に熱を送ってくるようで、くらりと目眩がした。
その時、ガシッと仁花は後ろから両肩を掴まれた。
「ひゃっ!?」
「大丈夫か?」
後ろから仁花の顔を覗き込むその人。
仁花はその顔が逆光で一瞬誰だかわからなかったが、丁度よく雲が太陽を隠してやっと顔を認識した。
この顔、知っている。
誰だっけ。
えっと、そう、確かバレーの……
「じゃぱあああん!?!?」
「!?」
バッと離れて改めてその人を見る。紫色のジャージ。学校名はないけど、確かここの近くの、
「し、白鳥沢の、牛島、若利、さん……?」
「俺を知っているのか」
「しゃ、シャチ!一応バレー部のマネージャーをしている身ですので……!」
「そうか」
淡々と、表情は変えず答える牛島さん。
……この人が、全国で3本の指に入るエース。
仁花は首が攣りそうになるくらい牛島を見上げていることに気付いた。
お、大きい……何cmあるんだろう……月島くんくらいあるんじゃないかな……
「フラフラしていたが熱中症ではないのか?」
「だ、大丈夫です!家すぐそこなので!」
「そうか。……む、」
水滴が頬に当たった気がして、私も牛島さんと同じように空を見上げた。
……さっきまでの太陽は何処へやら、真っ黒な雲が広がっている。
「……一雨来るな」
「そうですね……」
と言った側から、突然大量の雨粒が落ちてきた。
「わあああ降ってきたあああ牛島さん失礼致します!」
私は慌てて牛島さんに敬礼をして家への道を走り出そうとした。
が、その時一瞬で目の前が白く染まった。
「!?!?」
「これを被れ」
頭に被されたそれを見ると、牛島さんが着ていた白鳥沢のジャージで……
いやいやいやこんなもの借りていられないよ!?
「ううう牛島さん!私家すぐそこですので大丈夫ですよ!?」
「さっきそう言っていたな。では走るぞ」
「どぅええええ」
ぐい、と背中を押されて思わず走り出す。
バシャバシャと、足が地面に着く度に水滴が足にかかって、暑かった足を冷やしていく。
頭や肩は牛島さんに被せられたジャージのおかげでほとんど濡れていないが……
ジャージを私に貸した牛島さんはきっとびしょ濡れのはずだ。
ってこれからどうすればいいの……!?
そんなことを考える間もなく、マンションのエントランスにたどり着き、私は乱れた息を整え始めた。
顔を上げると、牛島さんは少しも息が乱れずに、自分の身体についた水滴を払っていた。
さすがだなあ……
思わずじっと見ていると、目が合ってしまった。
「あっジャージ!ありがとうございました!!」
「構わん……っ、」
「?」
ジャージを受け取ろうと伸ばした手と反対の手で口と鼻を押さえた牛島さん。
その後私から顔を背け、また何回かその動作を繰り返す。
くしゃみ可愛いなとか思ってしまった私を誰か殴ってください。
という所で私は考えた。
この人は、全国で3本の指に入るようなエース。
日本代表に選出されるほどの実力のあるエース。
そんな人が、私のせいで風邪をひいたりしたら……?
[日本の大エース、体調不良で日本代表から外される]
[体調管理もなっていないんじゃあ、日本のエースは勤まらんでしょ]
[牛島若利、見ず知らずのオケラのせいで高熱]
最悪だ。社会から抹殺されるどころか臓器売買にされる。
仁花は渡そうとしていたジャージを自分の方にきゅっと収め、牛島を見た。
「う、牛島さん!」
「、何だ」
「しゃ……シャワー!!浴びていってくださいっす!!!!!」
*
シャワーの音と乾燥機が回る音がする。
仁花はその音を聞きながら 少しだけ濡れた制服を脱ぎ、私服に着替える。
半ば無理矢理牛島さんを連れて来てしまった仁花であったが、男の子を家に上げるのは初めてではなくても、シャワーを貸すのは初めてだ。
いやでも風邪を引かれるよりはいい。
大丈夫、シャワーからあがったらすぐに帰ってもらおう。そうだそうしよう。うん。
とりあえず温かいお茶でも飲んで落ち着こう、と仁花はお湯を沸かし始めた。
***
[牛島side]
頭からシャワーを浴びて汗を流す。雨で冷えた身体がじんわりと温まってきて心地好い。
ピロリン、と 念のため渡されていた携帯電話が鳴ったのが聞こえた。
一旦シャワーを止め、タオルで手の水気を拭きつつ、脱衣所へのドアを開けた。
携帯電話を開くと、ウチのセッターから電話がきていた。
ボタンを何個か押して、俺はすぐに電話をかけ直した。
《もしもし》
「もしもし。すまない、シャワーを浴びていた」
《は?……お前今どこにいるんだ?》
あの女子の家だ、と言おうとした時、そういえば名前も聞いていなかったことに気付く。
「……名前を聞き忘れていたが、中学生か高校生の……バレーをやっている女学生の家だ」
《女の家!?!?で、シャワー!?!?何しちゃってんの!?》
電話から聞こえる声に耳鳴りがして、少し電話を遠ざけた。
……何もそんな大声出さなくても……
「……雨に濡れたからシャワーを借りただけだ」
《だからってさあ!!女の家ホイホイ上がっちゃ駄目だよ!?》
「そうなのか」
《当たり前でしょ!?お前もうちょっと庶民詳しくなろうよ!?》
「?俺は庶民だが」
《そういう意味じゃなくて!!》
はあー、と大きな溜息が聞こえた。
……やはり、女性の家に軽々しく上がってはいけなかったのであろうか。
《ああもう!とにかく!迎え行くから場所教えて!》
「?一人で帰れるぞ?」
《ほんと鈍感だなお前。傘持ってくついでに俺がその女子に一緒に頭下げてやるっつってんの》
「何故頭を下げる必要がある?」
《はあ?》
怒りも含んだような声。
しかし俺は間違ったことは言っていなかった。
「あっちからシャワー浴びていけと言い出してきたのだ。謝る必要はない」
《あっちから?……お前、大丈夫なのか?》
「何がだ?」
ピーピー、と乾燥機が終わりの音を告げた。
俺は携帯電話を耳に当てつつ、体を拭いて乾燥機の中のジャージを取り出した。
《がっつき女子なんじゃねぇの》
「がっつき……?」
《ほらたまにいるじゃん、俺とかお前に言い寄ってくる女子がさ》
バレーの応援、バレンタインやクリスマス、誕生日などで濃い化粧をして無理矢理くっついてくる女子を思い出す。
それと同時に、先ほど出会った小さな女子を思い出した。
「……彼女はそんな人ではない」
《っ……》
自分でも驚くような不機嫌な声を出してしまい、驚きに息が詰まったような声が聞こえてきた。
……何故俺はこんなにイラついている……?
「……すまない。でも、そんな人ではないんだ」
《……そっか。でもまあ、気をつけろよ?》
「……わかった」
《あといい加減場所教えろ》
「ああ、そうだったな」
簡単に場所を伝えると、俺は電話を切った。
ここから白鳥沢は近いから、数分で来るだろう。
俺は脱衣所を出て、リビングらしき所のドアを開けた。
辺りを見渡すと、台所でお湯を沸かしている彼女の後姿が見えたので、俺は台所に向かった。
「すまない、シャワーありがとう」
「ひゃい!?!?あああああこちらこそ!!!!!」
びくんと跳ねて慌てて早口でそう言う彼女。
「ああああお、お茶とかいかがです!?!?今淹れますね!!!!!」
「あ、ああ」
手際良く急須にお湯を入れる彼女。お茶のいい香りが台所に広がった。
「あ、リビングで!座って待っていてください!!持っていきますので!!!」
「、そうか、すまない」
お礼を言ったらすぐに帰るつもりだったが……あいつもまだ来ないだろうし、せっかくだ、いただいていくとしよう。
リビングにある2つのイスのうちの片方に腰掛けると、お盆に湯飲みを二つ乗せた彼女が来た。
「お、お待たせいたしました」
ことん、と湯飲みが一つ自分の前に置かれる。
「ありがとう。いただきます」
「ど、どうぞ……って、ううう牛島さん髪!!!!」
「かみ?」
何やら寄声を発しながら脱衣所へ消えた彼女。
俺は彼女の発言が理解できなかったのでとりあえず目の前の湯飲みに口をつけた。
……おいしい。
その時、慌てて彼女が戻ってきた。
「ううううう牛島さん!!髪!!乾かさないと風邪をひいてしまいます!!!!!」
がちゃがちゃと音を鳴らして彼女が持ってきたのはドライヤー。
ああ、そういえば、と俺はまだ濡れている自分の頭を触った。
「ドライヤーはいつも使わないから問題ない」
「ででででも!風邪をひかれては……!!」
「む……」
正直言うと今はドライヤー云々よりもこのお茶について聞きたいのだが……
視線を惑わせていると、彼女は近くのコンセントにドライヤーのそれを挿して、電源を入れた。
「わ、私が乾かしますので!牛島さんはじっとしていてください!!!!」
「わ、わかった」
彼女の気迫に圧されて思わずじっとすると、すぐに温かい風と小さな手が頭にかけられた。
「熱かったら言ってくださいね!」
「う、うむ」
髪を乾かしてもらっているのにお茶を飲むわけにもいかずじっとしていると、俺はあることに気付いた。
「そういえば、お前の名前を聞いてな」
「ひゃい!?何か言いましたか!?!?」
ゴォーとドライヤーの音で俺の声が隠れる。
右手でドライヤーを持っている彼女の右手を掴んだ。
「ひゃっ!?!?」
「お前の名前だ」
「なま……あっ!!」
俺の言っていることに気付き、彼女はドライヤーを止めた。
「すすすすみません!!や、谷地仁花と申します!!」
「ヤチヒトカ……」
「はい!山谷の谷に大地の地、仁義の仁に簡単なほうの花と書いて、谷地仁花です!!」
「谷地仁花、か」
「はい!」
ふむ、と視線を彼女――谷地仁花から戻すと、谷地はまたドライヤーの電源を入れた。
また暖かい風が流れてくる。
「……」
「……」
しばらく無言だったが、少ししたらすぐに髪は乾いたようで谷地はまたドライヤーを止めた。
ドライヤーを止めると、雨の音が聞こえてきた。ふと谷地がカーテンをずらすと、窓に水滴が叩きつけられていた。
「止みませんね……」
「……そうだな」
ドライヤーのコードを巻きながら谷地は うーん、と唸った。
どうしたのだろう、と思い 眺めていると、谷地はパッと顔をあげた。
「あ!それでは私の傘をお貸ししましょうか!?」
「……ん?」
地味な柄のがひとつあったはずなので!と廊下に駆け出そうとする谷地の腕を俺は思わず掴んだ。
「ひゃ!?!?」
「あ、……いや、傘は必要ない」
「へっ?まままままた濡れて帰るんですか!?!?」
「そんなわけないだろう。部員が迎えに来てくれるから大丈夫だ」
「あっそうなんですね!!良かった〜あ、もう来てますかね!?すみません無理矢理ドライヤーなん、て……」
「……?」
急に黙った谷地を不思議に思って谷地を覗き込むと、谷地は顔を真っ赤にして俯いていた。
「?どうした、熱中症か」
「っ!!ち、ちちちち違います!下まで送りますから玄関で待っててくだひゃいいいい!!!」
「!?わ、わかった……」
とんでもない速さで廊下へ走り去った谷地。
なんだったんだ……
*
「すすすすすすみませんでしたすみませんでした」
「ああ、いやいや、反対にありがとうね。こいつずぼらだからさー多分君がシャワー貸してくれなかったら完全に風邪ひいてたよ」
カラカラと笑ううちのセッターは必死に頭を下げる谷地を適当にあしらってそさくさとマンションのエントランスを出た。
持ってきてくれた傘をさして白鳥沢への道を歩く。
「……はぁー……ほんとクソ心配したわ……お前もうほいほい女子の家あがんなよ?」
「……ああ。……なあ、」
「なんだよ」
「……女子の腕は、細いんだな」
「……はあ!?」
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