ハイキュー短編 | ナノ


  二口くんの憂鬱


「……あ?」



ポツ、と何か冷たいものが腕に当たった気がして、思わず空を見た。一面真っ黒な、嫌な雲。

あーこれは一雨くるなーなんて呑気に考えていた。
しかしそのほんの数秒後、土砂降りの雨が俺を襲い、俺はやむを得ず近くの屋根のあるバス停で雨宿りをすることにした。


俺が "鉄壁" の名を背負って主将になり、1ヶ月後。
部活はオフで、自主トレのランニング中のことだった。





二口くんの憂鬱





(止まないな……)



通り雨かと思ったが、なかなか止まない。天気予報を見なかった数時間前の自分を呪った。
ランニングでせっかく身体が温かくなってきたのに、少しばかり雨に濡れてしまったからか、急激に体温が下がっていくのがわかる。

仕方なくバスで帰ろうかと思って財布を取り出したが、中身は73円。馬鹿だろ俺。
頑張って子供料金で乗ろうかと考えたが通りかかったバスに映った自分の姿に それはねぇなと思った。

スマフォは重いから置いてきてしまったし、これは死亡フラグ立ちまくりだ。やばい。


頭を抱えてしゃがみ込むと、ばしゃばしゃとバス停に駆け込む足音がした。バスに乗る人か?



「へぶしっ」



バス停の隅に寄ろうとすると、隣に来た人がくしゃみをしたみたいで、驚いて思わずその人を見上げた。



「……あ?」

「え?……あ、伊達工の」



そこに居たのは、烏野の10番だった。

ちわっす、と挨拶されたので俺も どーも、と返した。
……そうか、ここ烏野の近くか……

俺はまた視線を道路に戻す。
ランニング中雨に降られて帰れないなんて、できればあんまり知られたくなかった。



「……」

「……」



沈黙が流れる。

その時、駅前行きのバスが停まった。プシューと音が鳴って乗降口のドアが開く。



「乗らないの?烏野の10番」

「え、あ、はい……」
「……」



バスは俺たちが乗らないとわかると、ドアを閉めて出発した。

……こいつ、試合の時はうるさい奴だったのに、何か今日はテンション低いな……
てかサポーターしたまんまだし……何やってんの?



「……烏野の10番、部活は?」

「え、あ……終わりました」

「……ふぅん」



じっと10番を見上げる。
……部活で何かあったようにしか見えないんだけど。

そのままずっと見ていると、視線に気付いた10番が俺の方を見て、バチッと目が合ってしまった。



「な、何ですか……ってか伊達工の……えっと、」

「二口」

「ふ、二口サンこそ、こんな所で何やってるん……デスカ」



聞かれたくないことを聞かれてしまって、俺は思わず溜息をついた。



「部活はオフ。で、ランニングしてたら雨降ってきて立ち往生」

「え、今日雨降るの80%ですよ?ぶふっ」

「人のこと言えんの?お前」

「ぐっ……」



笑われたのにイラッとして思わずそう返すと、10番は唇を噛んで黙った。



「だいたいさーサポーターしたまんまだし?何、部活で喧嘩でもして飛び出して来たとか?」



ガキじゃないんだしそれはないかー、と言いながらまた10番を見上げると、10番はそっぽを向いてまた黙っていた。
……え、図星的な?



「アララー?図星ー?」



立ち上がって10番の顔を覗こうとするが、10番はちょこまかと俺を避ける。



「雨降るってわかってても飛び出しちゃうくらいムカついたのー?誰?あ、もしかしてあのでかい眼鏡MBとか?それとも相棒のセッター?先輩?」



思い当たる人物をあげていくが、反応はない。
あと他に誰いたっけ……



「あとは……マネージャー?」



びくり、と10番の肩が動いた。よっしゃビンゴだ。
……って、



「え?マネージャー?は?え?マネー?ジャー?」

「うるさいです……」



10番は うぅ〜、とよくわからない呻き声をあげて頭を抱え込んで蹲った。



「え、本当にマネージャーと喧嘩したの?」

「そうですケド……」



烏野のマネージャーといえば、すっげえ美人な眼鏡美女だろ?
あの人と喧嘩?嘘だろ?勝ち目なくね?



「……最近マネージャーになった、谷地さんってわかります?」

「やち……?……あ、」



そうだ。そういえば新しいちびっ子マネージャーが入ったんだったな。

この前の試合の時にドリンクのカゴを一生懸命フラフラになりながらも運んでるの眺めてたわ。
一応辛そうだったから声かけたけど何か土下座されて逃げられたんだっけ……



(……いや、しかし……その子と10番って付き合ってなかったっけ……?)



だってこの前の試合の時、10番は真っ先にその子呼びに走って来てたし。
谷地さん?も谷地さんで10番来た途端笑顔だったし……
二人とも手繋いで走ってったし?



「何で喧嘩になったの?谷地さん怒らせちゃった?」



俺は10番の隣にしゃがんで顔を覗き込んだ。
顔は真っ赤で、目に涙をためていて……ちょっと罪悪感。



「……お、おれ……」

「ん?」

「嫌われた、かも、しれないんです……」

「……ん?」



嫌われた?10番が?

あまり接点はないけど、10番は他人に嫌われるような性格はしてない……と思う。ちょっとウザいとこはあるけど。



「い、今までは、勉強教えてって言えば教えてくれたし、ドリンクもタオルも、真っ先に俺の所持ってきてくれたり、自主練も最後まで付き合ってくれて、帰りもバス停まで一緒に帰ってたり、した、のに……」

「……」



ぐずぐずと鼻声で涙を零しながらぽつりぽつりと話す10番。

リア充爆発しろとはこのことだよね。
何なのそれ自慢かよ?
あ、何かイライラしてきた。

その時、10番の涙に同調しているかのように、雨脚が強くなった。
俺は10番の声を聞くために一歩近くに寄る。



「それ、なのに……先週、あたりから、何か避けられるように、なって……」

「……お前に何か心当たりないの?」

「……特には……いつも通り、に、してた、つもりでした」



俺は溜息をついて、とりあえず泣き止みなよ、と腰に引っかけていたタオルを投げつけた。
ぶふ、と10番はまたよくわからない声をあげる。
これじゃあ俺が泣かせてるみたいじゃん……



「あ、あ゛りがどう、ございま゛す……」



10番は勢いよくタオルに顔を埋めてひっくひっくとしゃっくりを繰り返す。
嫌われたかもしれないから泣いているのか、それとも飛び出してきたのを後悔して泣いているのか……どっちもか。



「……女ってさ、めんどくさい生き物だよ。きっとお前が思っているよりずっとめんどくさい」

「……?はい……」



タオルで口を覆いながら俺見て首を傾げる。
あ、こいつ絶対わかってないな。



「だーかーらー、谷地さんにもいろいろあるんじゃないの?って。お前ちゃんと谷地さん理解しようとした?怒りに任せて飛び出したんじゃないの?」

「う゛っ、それは……」



もごもごとまたタオルに顔を埋める10番。
ほんっとわかりやすい。



「ふ、二口サン、は……やっぱりそういうの慣れてるんデスカ……」

「そういうのって?」

「その……女の人の扱い方、というか……その……」

「待って何で俺が女馴れしてるみたいになってんの」

「え、だって二口サン、大王さ……及川サンみたいだし」

「はあ゛ぁ゛ん゛?」

「ヒッ」



及川?青葉城西の?あのウザい外ハネ野郎に?俺が?似てる?



「はぁ?」

「ごっごめんなさいごめんなさいごめんなさいでも全然違いました!!」



怒りに任せて一発入れてやろうかと思ったが、10番のその言葉に手が止まる。



「……具体的にどこらへんが?」

「え、……っと、まず大王さ……及川サン、こんなに優しくない、です……」

「……優しい?俺が?」



寧ろ俺人弄ったり煽ったりするの大好きだけど……(自覚はしている)
だって慌てたりする姿面白い人は面白いんだもん?



「だって……俺の話聞いてくれるし、タオル貸してくれるし……助言してくれるし……」

「いや、それは雨でここから動けないから……」

「あ、だから伊達工のキャプテン任せられたんですね!」
「っ、」



ふわり、と10番が俺に笑いかける。

……そんなこと、初めて言われた。
主将になってからずっと……ずっと……


"何で二口なんかが主将なんだ"

"あんなチャラチャラしたのが主将でいいのかよ"


そんな言葉ばかり浴びせられてきた。



「……二口サン?」

「ちょっと今こっち見ないで」

「?」



俺は口を手で覆って10番から顔を背けた。
……ヤバい、多分今、顔真っ赤だ……
雨で冷えた身体が一瞬にして火照っていくのがわかる。



「お前さ……そういうふうに彼女にも素直になれよ……」

「へ?」

「彼女だよ彼女!お前のカノジョ!」

「か、カノジョ!?か、かの、かの!?」



普通に驚く10番。
え、何この反応……



「彼女じゃないの?」

「ほぁ!?だ、誰が!?誰の!?」

「マジかよ……」



付き合ってねぇのかよ!
それであれかよ!


もうお前ら早くくっつけよ!!!!!


俺は今日何度目かになる溜息をついた。



「チビちゃんはお子ちゃまですね?」

「は!?ち、チビとかお子ちゃまとか言うな!……でください!」

「……ぶふっ」



俺は思わず吹き出した。
さっきまでの泣きべそはどこいったんだか……いつもの烏野の10番じゃん。



「あ、さっきの話だけど」

「さっきの話?」

「ほら、俺が女馴れしてるとかいうやつ」

「ああ」

「それ、間違いな」

「えっ何でですか!?」

「俺工業高校だよ?クラスはほぼ男。クラスの女も女と呼べる奴はいない。よって俺は寧ろ普通の男子高校生よりも限りなく女と接する機会が少ないと言える」

「えっなのにあんなに女の人に詳しいんですか!?」

「その言い方ちょっと誤解を招くからやめようか。……まあ、中学までだったらある程度のお付き合いはさせてもらいましたから?」



全部 "二口くんサイテー" って言われてフラれたけど。



「すげー!尊敬します!」

「いや、どこがだよ」

「どこ?えっと……自分の経験活かして他人の俺にアドバイスくれるところ!!」



またニカッと10番が笑う。
……だからさ、何でそう素直なのさキミ。

返す言葉が見つからなくて、思わず視線を外に逃がすと、雨が止みそうなことに気付いた。



「10番、雨上がりそうだよ」

「あっほんとだ」



立ち上がって屋根の向こうを覗けば、雲の隙間から青空も見える。



「10番はとにかくすぐ帰りなよ。きっと皆心配してるし」

「は、はい!……あ、タオル、洗って返します!」

「え?そんくらいいいよ」

「鼻水つけちゃったんで」

「……。……いいよ、あげる」

「そんなわけにはいきません!必ず!洗って返します!」



めんどくさいなぁ……タオルの1枚くらいいいのに……




「あっ雨上がりました!じゃあ俺帰ります!あ、あと俺の名前、日向翔陽ですから!」

「え、あ、ちょっと!」



全速力で烏野の10番は烏野への道を走っていった。
俺はガシガシと頭を掻く。

参ったな……伊達工まで返しに来られたら本当に厄介なんだけど……烏野に連絡先知ってる奴いないし……
あ、確か青根が10番のメアド持ってたかな?じゃあ青根に頼めばいっか……

そんなことを考えながら、俺は軽くストレッチをして、家への道を走り始めた。



日向、翔陽。

……あいつにぴったりの名前だな。











烏野の10番……日向と別れて、ほんの数分後のことだった。


数メートル先をちょこまかと動く小さな黄色の物体。何だアレ……
そう思って近づくと、黄色の物体はカッパだということに気が付いた。さっきまで雨降ってたからな……

それにしてもその黄色のカッパを来ているちびっ子はすごく慌てているようだ。
雨はとうに上がっているのにフードは被りっぱなし。ゆくゆく人に何かを聞いているようだ。
すげえペコペコしてる……って、あの姿どこかで見たような……

そう考えながらぼんやりそのちびっ子を見ていると、突然その子がこっちを向いた。



「あ!」

「あ?」



え、ちょ、こっち来たんだけど……フード被ってて口元しか見えない。そんなに年下ではないようだけど……



「あ、あああああの!」

「な、何……?」

「おっオレンジの髪のっ少年を見ませんでしたでしょうか!?」

「オレンジの髪?」



パッと思い当たるのは、先程まで一緒にいたあいつ。
日向を探しているのか……?

しかし確信が持てず、俺は質問に答えないでそのちびっ子に話しかけた。
もしかして――そういう期待を添えて。



「雨、」

「え?」

「雨、上がったから。フード取ってもいいんじゃない?」

「あっ!!すみませんすみません顔も見せずに大変なご無礼を地に埋まってお詫び――」

「そんなのはいいから。……谷地、さん」

「ふぇ!?!?」



思い切って名前を呼ぶと、ビンゴだったようだ。
恐る恐るフードを下ろした彼女は、試合の時に会ったように、星の髪飾りを揺らして俺を見上げた。



「な、何故私の名前を……」

「俺、覚えてない?」

「え?」



うーん、と顎に手を当てながら俺をじっと見たり、一歩下がって全身を見たりする谷地さん。
行動がさ、いちいち面白いよねこの子。



「あ!も、もしかして、伊達工の……」

「お、せいかーい。よくわかったね。俺、伊達工バレー部主将の二口堅治」

「あわわわわかかか烏野高校排球部マネージャー谷地仁花であります!!!!」



ブンブンとお辞儀を繰り返す谷地さんを宥めて落ち着くように言う。



「10番……日向、探してるの?」

「!!そうなんです!!」

「何かあったの?」



何も知らないと装ってそう聞くと、谷地さんは それは、と言葉に詰まって俯いた。
何で知らないフリしてそんなことしたのかって?
……それが俺の悪いとこだよね。



「……じ、実は、私のせいで、日向が、飛び出して行ってしまって……」



震える声。

俺はぎょっとしてしゃがんで谷地さんの顔を覗き込んだ。
……今にも泣き出しそうな顔だった。

谷地さんは俺と目が合うとビクッと体を震わせた。その拍子に谷地さんの目からドロップのような涙がぽろりと落ちる。
それを合図にするかのように、次々と谷地さんの琥珀色の目からは涙が零れた。



「ひ、日向に、何かあったら、どうしよう……っ」

「ああああ、とりあえず落ち着きな?な?」



畜生、俺は今日何人の涙を見ればいいんだ。つーかタオルは日向に渡しちゃったし……拭くもん何もねぇ……
どうしようもできなくて、俺はひたすら谷地さんの頭をぽんぽんと叩いていた。
……女の子の涙は、苦手だ。



「ごめんな、実は俺、さっき日向に会ったんだわ」

「っ、え?」

「日向は学校に戻ったよ」



そう言うと谷地さんは安心したのか、良かった……と言って、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。



「大丈夫?」

「はい……すみません、急に泣いたりして……」

「いや、最初に言わなかった俺が悪いし。……立てる?」

「、はいっ」



先に立ち上がって手を差し延べると、谷地さんは頬を緩ませて俺の手を取った。……谷地さんの手超冷てぇ……
そしてそのまま引き上げると、軽々と谷地さんは立ち上がり、引く力が強かったのか わっ、と俺の方によろけた。
ぼすん、と勢いよく谷地さんの顔が俺の腹のあたりにぶつかる。



「すすすすみません!!!本当に何から何までご迷惑を……!!」

「いやいや、迷惑なんてかかってないから、ね?」

「二口さん何とお優しい……!!あっそれでは皆待っていますので私は烏野に戻ります!ありがとうございました!」

「ちょっと待って」



はい? と烏野方向に一歩踏み出した格好のまま振り向く谷地さん。



「もう暗いし、烏野まで送ってくよ」

「どぅえ!?そそそそんなことまでお世話になる訳には……!!あ、ほら私黄色のカッパ着てるので大丈夫ですよ!!??」

「いや、まあそうだけど……」



いくら黄色のカッパを着てるからって夜道が必ずしも安全という訳ではない。



「不審者とかに捕まったら大変じゃん」

「わっ私なんて身体小さいので臓器売買には適さないかと!!」

「うん何言ってるの?」



俺が言ってるのは誘拐とかそっち系なんだけど。
ほら、谷地さん身体小さいし誘拐しやすそうじゃん?俺なら絶対誘拐するね。しないけど。

それでも食い下がらない谷地さんに、俺は考えた。
そうか、真っ向からじゃダメなんだ。



「俺実はランニング中でさ、」

「!それならば早くランニングにお戻りに、」

「烏野までのランニングコースなんだけど」



谷地さんは固まった。俺はニヤリと笑う。
勝負あり、ってか?



「でもちょっと疲れてさー烏野まで歩いて行くことにしたんだよね。だからついでに一緒に行かない?」

「……はいぃ……」



蚊の鳴くような声でそう言った谷地さんは、ゆっくり歩き出した俺の隣を歩き始めた。

辺りは既に真っ暗。街灯も少ない。やっぱり、着いてきて良かった。



「で、日向と何があったの?」

「ぅえっ!?」

「話したくないならいいけど、一人で抱えるよりも話しちゃった方が楽なこともあるよ?ほら、俺赤の他人だし口堅いし」



めんどくさいことは大嫌いだけど、何となく、今回は首を突っ込みたくなったからそう言った。話題もないしね。

谷地さんはちょっと考えた後、先週、と言った。



「先週、……日向が告白されてるのを、見てしまって……」



そう言って俯く谷地さん。
……あの10番、結構モテたりするのか?
いや、別に僻んでるわけじゃないけど。



「それで、私……日向に彼女ができたのに、私が日向と一緒にいちゃダメだって、思いまして……」



谷地さんはもごもごと あわよくば暗殺されて海に棄てられ……と物騒なことを呟く。

あー俺、話 見えてきちゃった。



「日向を、避けていたら……今日部活が終わった後、日向が "今日は何が何でも一緒に帰る" って、言い出したんです」



10番のことだし、かなりイラついて駄々こねたんだろうな……



「私、日向には彼女さんがいるのに、申し訳なくて…… "一緒に帰れない" って言いました」

「……うん」

「そしたら、"何で最近俺を避けるの" "嫌いになったなら嫌いってはっきり言えばいいじゃん" "谷地さんなんてもう知らねぇ!" って……」



小学生か。



「それで、飛び出していっちゃったわけね……」

「はい……」



まあ、いきなり避けられたら、10番も面白くないだろうな。



「谷地さんはさ、日向が告白されて、オッケーしたのを見たの?」



今までの谷地さんの話を聞くと、"10番が告白されていたのを見ただけ" のように感じたので、確認のために聞いてみた。



「いえ……そこまでは見ていませんが……可愛い子だったので、オッケーしたかと……」



勘違いその1はここだったか、と俺は頭を抱えた。
お前らほんともう、早くくっつけよ……



「あのさ、日向がバレー大好きなのは知ってるでしょ?」



それは試合ですごく感じたことだった。
誰よりも、バレーが好きだというあの目。あれは本物だった。



「はい」

「だったらさ、彼女なんて作らないんじゃない?ましてこんな時期に」

「?何でですか?」



俺は溜息をついた。
……きっと谷地さんってそういうことにかなり疎いんだな……



「俺だったら断るね。"今はバレーに集中したいから" って」

「……あ……」

「……あくまで俺の推測だけど。わかった?」

「……はい」



谷地さんは俯いた。



「……私、勘違いで日向を避けていたのかもしれないんですね……」

「え」

「わ、わた、私の、せいで……っ」

「え、ちょ、待って待って」



うう、とまた涙を流す谷地さんに、俺はまたオロオロするしかなかった。
畜生、今すぐタオル返せ10番。



「全部が全部谷地さんのせいじゃないから!谷地さんの話聞かずに飛び出したアイツも悪いし」

「うう〜〜ずみ゛まぜん゛……」



俺はとりあえずまた谷地さんの頭をぽんぽんと叩く。
ああもうどうすりゃいいんだ、と、ふと前方を見た。烏野の正門がそこにあるからだ。



「……あ」



目を凝らして見ると、正門の所に挙動不審のオレンジ頭が見えた。



「谷地さん、ほら、10番……日向が待ってる」

「ふえ?」

「大丈夫。ちゃんと話せばわかってくれるから。ね?」



涙を零しながら頷く谷地さんの背中を押す。
すると、向こうもこちらに気付いたようで、谷地さん!という10番の声が聞こえてきた。



「谷地さん良かった……あれ、二口サン!?」

「さっきぶりだね。たまたまその子と会ったからさ」

「送ってくれてあざーす!」

「はわっあ、ありがとうございました!!!」



10番と谷地さんはガバーッと頭を下げた。



「あーいいからいいから。その代わりお前らちゃんと仲直りしろよ?」

「はい!谷地さんごめん!!」

「へぁっ」



俺に向けたお辞儀よりも深く谷地さんに頭を下げる10番。
……あれ、俺 これ見届けなきゃない感じ?



「谷地さんの話聞かずに勝手に怒って飛び出して、ごめん!!」

「ひ、日向顔上げて……!元はと言えば私の勘違いが原因かもしれなくてですね……!」

「え?」



えっとえっと、と言いながらオロオロと俺と10番をさまよう谷地さんの視線。
俺は溜息をついて1歩2人に近づいた。



「10番……日向だっけ?」

「あ、うっす!」

「お前先週あたりに女子に呼び出されたろ」

「うぇ!?な、何故それを……!」

「それを谷地さんが見て、お前に彼女ができたって勘違いして、結果的にお前を避けるような感じになっちゃったんだと」

「え……あ、ええ!?」



10番はガシガシと頭を掻いて谷地さんと俺を交互に見た。



「確かに女子には呼び出されたけど、告白されたのは俺じゃないんだ」

「え……!?」



アララー、告白されてたってとこから勘違いだったか。



「影山が好きだから手紙を渡して欲しいって言われて……」

「じゃ、じゃあ、ほんとに最初っから最後まで私の勘違いだということ……穴があったら埋まりたい……」

「谷地さん、それ言うなら穴があったら入りたい、な。埋まるなよ」



勘違いからの勘違い。
なんてめんどくさいんだお前らは。
俺はまたため息をついた。今日何回目かな、これ。



「じゃ、俺帰るから」



今は一刻も早くここを立ち去りたい気分だった。
リア充爆発しろ。



「あっほ、ほんとにありがとうございました!」

「あざっした二口サン!」

「いえいえ。お前らちゃんとやれよ〜」



早くくっついてもらわなきゃ、こっちがイライラする。

俺は首を傾げる二人に気付かず、そのまま背を向けて走り出した。
















「あ、タオルのこと言うの忘れてた」



















後日。



「二口、」

「ん、何、青根」



ん、と 青根の携帯電話の画面を見せられる。
そこには



《from:日向翔陽

今日部活早く終わるんで、二口サンから借りたタオル返しに伊達工まで行きますね!

ひなた》



俺は しまった、と思って時計を見た。
現在17時。



「……もう来るかな?」

「……電話、してみるか?」

「いいのか?」



ブンッと青根は首を縦に振って、でっかい身体を丸めてちまちまと携帯を両手で操作した。
ん、と携帯電話を渡されると、画面には "日向翔陽" と彼の電話番号があった。
俺は一瞬迷ったが、手遅れになる前に電話しなきゃな、と思い、通話ボタンを押した。

数回のコール音の後、"もしもし!" と元気な声が聞こえてきた。



「あー、二口だけど。今青根のケータイ借りてかけてる」

『あっ二口サン!お疲れ様です!今そっちに向かおうとしてたとこっす!』

「ということはまだ烏野?」

『はい!あ、もしかして伊達工も部活終わっちゃいました?!』

「いや、今からだけどさ」



うわあああ、と慌てた様子の日向の声に、俺はくすりと笑った。



「タオル、返しに来なくていいから」

『え!?で、でも、』

「いや、マジでね?ほら、今こっち代替わりしてからやっとまとまってきたとこなんだよね。だからあんまり皆に刺激を与えたくないっていうか」

『あ――』



ま、ウソだけど。

うーん、うーん、と唸る日向の奥で 日向ー と女の子の声がした。……谷地さんの声だ。



「ああ、ほら、カノジョが待ってるよ?」

『……えっ?』

「え?」

『なななな何言ってるんすか二口サン!?!?』

「は?」



ごごごごめん谷地さんすぐ行くから! と言う声と ガサガサというノイズが聞こえた。

俺はひくりと片方の口角を引き攣らせて聞いた。



「……まさかとは思うけど、まだ付き合ってないの?」

『は、はぁ!?!?つ、付き合うなんてそんな……ああああ何でもない!何でもないから谷地さん!!』



がくり、と俺は頭を抱え込んだ。そんな俺を見て青根がわたわたと俺の周りを動く。
俺は青根に 大丈夫だから、とジェスチャーをして青根を落ち着かせた。



『そそそそそんなことよりタオルですよタオル!!』

「だからタオルはあげるって言ってんじゃん」

『そ、そんなわけには……!』



ほんとめんどくさいな、と俺は日向が食い下がるような言い訳はないか、と考えた。

確か雨の日に泣いてる日向に貸したんだったよな……
その後谷地さんにも会って……



「……あ、じゃあさ、また谷地さんが泣いてたらそのタオルで涙拭ってあげなよ」

『え?』

「俺前に谷地さんにあった時、お前にタオルあげちゃったから谷地さんの涙拭えなかったんだよね」

『……スミマセン』

「だから、今度はお前が拭ってやるんだよ」



……我ながらキザな言い訳だな。



『……わ、わかりました。じゃあ二口サンのタオルはその約束の証ってことで!』



あ、納得したんだ。



「そうそう。ほら、早く行ってやんな」

『あ、はい!あざっした!』

「いえいえ」



ブツッと電話が切れる。

俺も耳から携帯電話を離して通話を切り、青根に返した。



「……二口は、」

「ん?」



何だか今日はよくしゃべるな、青根。
青根は不思議そうに俺を見た。



「二口は、10番が好きなのか?」

「……は?」



いやいやいや、何言ってんの青根!



「それとも、烏野のマネージャーが好きなのか?」

「待て待て待てどうしてそうなった」



聞くと、青根は一度携帯電話をちらりと見た。



「電話してる時、二口、見たことない顔してたから」

「……」



近くにいたのがこいつだけで良かった、と正直に思った。
……そんなに顔に出るか、俺。

俺は青根から顔を背けて言った。



「……好きだよ」

「……マネージャーが?」

「いや、多分どっちも。10番も谷地さんも好き、なんだと思う」



……だからこそ、二人には幸せになって欲しいんだよな。



「あ、このこと誰にも言うなよ!?特に鎌先さん!」



そう言うと青根はブンッと首を縦に振った。















……ま、春高で当たったら、ぶっつぶしてやることに変わりはない。

待ってろよ



あと、それまでにはくっついてろよ!!!!!!!

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