所詮小学生の恋心
「井ノ原怜緒と……付き合う?」
『うん』
喫茶店スフィアでいつものようにお茶をしながら話していたら、親友がとんでもないことを言い出した。
井ノ原怜緒は、ニマニマ動画で……ネットで知り合った人だ。
そんなの危ないに決まってる。
「どうして井ノ原と付き合うことになったの?」
『うーん、成り行き?』
「
ぶっ飛ばすよ?」
『ごめんごめん冗談だって』
私とは正反対に、彼女はのんびりとお茶を飲んだ。
『実はこの前のコミケで会ってさ』
「は?」
ちなみにコミケとはコミックマーケットのことである。
わからない人は"コミケ"で検索検索!
『ちょっとだけブースの一角借りて手渡しでCD売ったって言ったじゃない?その時』
「ああ……あの時か」
コミケ1日目。
まだ駆け出しの彼女の某呟きサイトに"今からとあるブースでCD手渡し販売するよ"とつぶやかれた時に共有して拡散してあげたのを覚えている。
『それで、住んでる所も近いし良かったら駅前でお茶でもしないかって話になって』
「はぁ……行ったわけね」
『だって駅前だし』
この子は用心が無さすぎる。
今回は運が良かったな。
『そんでそこで告白されたんだよね』
「何て?」
『"あなたの声に一目惚れしました。好きです。付き合ってください"って』
割とはっきり言うな。
「で?」
『で、まあ私もいきなりだったから"ちょっとよくわかんない"って答えたのさ』
「うん」
彼女には照れるような様子はない。
『そしたら"試しにでも"いいって言うんだよね』
「……うん」
ここまで聞いて、大体何となく予想はできてきた。
『私"好き"とかよくわかんないからさ、試しにでも付き合ってみればわかるようになるのかなって』
「…………うん」
純粋。
この子の長所でもあり、短所でもある。
『まあそういうことだ』
「よーくわかった」
でもまあ、この子に好きな人ができたわけじゃないんだな。
試しならすぐに別れるだろうし……
「まあ……そういうことならいいんじゃない?」
それで"好き"はわからないだろうけど。
井ノ原が傷つくだけだし……
井ノ原も、自分が傷つくことはわかってるだろうし。
「でもさ、ちゃんとよく考えるんだよ?」
『考えるって?』
「そんなに意識してちゃ"好き"なんて錯覚にすぎないよってこと」
彼女はちょっと考えた。
大丈夫、この子は見た目によらず頭のいい子だから。
『……わかった。気をつける』
私は頷いた。
井ノ原怜緒……"真昼の夜"か。
私も一回話してみよう。
「そういえば、"朝陽"は?このこと知ってるの?」
『ううん。内緒にするつもりもないけど、私から言うつもりもないよ』
「そっか」
ネット上の関係だからよくわからないこともあるけど、朝陽って"夕月は俺の嫁!"とか言って実は本気になってたりするのではないかと私は思う。
「いやぁ、モテるって辛いねぇ」
『?結衣モテモテだもんね』
いや私の話じゃないよ、と笑う。
この子は将来どんな人と結婚するのか楽しみだ。
いや、そもそもこの子が心の底から異性を愛する日なんて来るのかな。
「有梨は愛するより愛されるタイプだね」
『ん?そう?なら、結衣は相思相愛タイプだね』
相思、相愛……
"雫色って案外可愛いとこあんのな!"
"雫色のそういう所好きだぜ"
「……。……!?」
待って。
今何で木陰の声を思い出した?
『結衣?どうしたの?』
「……なんでもない」
所詮、小学生の恋心。
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