俺は"忍足謙也"
・・
彼女を知ったのは、インターネットの中だった。
《今日は私の大親友の"雫色"が来てくれましたー!》
《はじめまして、雫色です》
それは親友の俊が好きな"夕月"という歌い手の生放送だった。
ちょっと話してみたいな。
そんな小さな好奇心から、俺は某通話アプリで二人の生放送に参加した。
《はーいこちら夕月。そんなあなたは?》
「どーもー木陰です」
《はじめまして。雫色です》
「はじめまして。よろしくなー」
最初の印象は"物静かな子"だった。
落ち着いた喋り方、安定した受け答え。
自分と同い年とは思えないほどだった。
それが、彼女との初コンタクト。
*
「え、オフ会?」
「そそ。皆これから部活やらで忙しくなる人もいるじゃん?だから、忙しくなる前に一回皆で集まらないかって」
インターネット上で知り合った人たちで集まって親睦を深める。それがオフ会。
その誘いが俊を通して俺にもやってきた。
「ちなみにメンバーは?」
「俺とお前と夕月と夜ちゃん……真昼の夜と、あと雫色!」
雫色
その名前を聞いて、俺は何故だかすごく楽しみになったんだ。
「行く!」
「っしゃ!」
オフ会当日は、"彼女"と初めて出会った日であり……
……そして、別れの日でもあった。
俺たちはこの日、夕月を目の前で亡くし、さらに俺たちは摩訶不思議な体験をすることになる。
……そう、俺は"忍足謙也"に転生したのだ。
オフ会の日の……"あの事故"の日の記憶だけがない"竹城颯太"が、"忍足謙也"に。
*
今なら鮮明にあの日のことを思い出せる。
雫色。
本名は鷺坂結衣。
ふわふわした髪が印象的だった。
俺は何だか彼女と接するのが照れくさくて、ぎこちなく笑っていた気がする。
今なら、はっきりとあの感情を言葉にできる。
あれは"恋"だ。
俺は鷺坂結衣に恋をしていたんだ。
あの日から、ずっと、忍足謙也としてこの世界に生を受けても、この感情は俺の心の隅にいつもあった。
でも……
「"雫色"は僕だ」
俺は、どうすればいい?
「不二が、雫色……」
この想いを、俺は、どうすればいい?
「キミは、"木陰"だね」
行き場のない、この想いを、俺は……どうすればいい?
「僕、キミにもう一度会えたら、言いたいことがあったんだ」
"竹城颯太"が"忍足謙也"になって、14年とちょっと。
その間に、知らず知らず大きくなっていたこの感情を、俺は――
「――"鷺坂結衣は、颯太が好きだった"」
「――え、」
今だから言えるんだけどね、と不二は悲しそうに笑った。
でもその表情は、どこかスッキリした様子で……
ああ、そうか――
「……"竹城颯太も、結衣が好きだった"」
言葉にした瞬間、何かが弾けて世界が明るく見え始めた。
"竹城颯太が"好きだったのは"鷺坂結衣"。
俺が不二周助をそういう意味で好きなんじゃない。
不二は一瞬驚いた表情を見せたが、また笑う。
「なんだ、両想いじゃないか」
「幸せ者だな」
今度は二人して笑った。
俺は、自分の胸に手を当てた。
……なぁ、颯太。
お前が好きだった"鷺坂結衣"はもういないけど、
お前の想いは、ちゃんと、届けたからな
俺は今、幸せだぞ
俺は
"忍足謙也"だ
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