俺はここにいた | ナノ


  8 涙はいつまでも


いつまでもぬるま湯につかっているのはできないように、この世界に居られるのも、この世界と言うぬるま湯にずっとつかっていられることもできない。

そろそろ……
















出る時だ。







神は八百万いる。
八百万と言うだけで、本当はもっとたくさんいるかもしれない。
俺がこの世界に送られたのも、周助たちに会えたのも、何か神が関わっているんじゃないかと思ってた。
でも、多いがゆえに"力を持つ神"と、"あまり力を持たない神"が居ると俺は思う。
有名な神社仏閣に奉られている神と、信仰の薄れてしまった神。どちらも神には変わらないが、その違いはそういう事ではないのだろうか。
こんな事を思っては悪いと思うが思わずにいられない。
そして、神は残酷にも酷く気まぐれだ。













「ねえ、桐生先輩試合してよ」


「……ちょっと休憩してからな」


そう言って越前に断りを入れてから、コートの外に出て木陰にある植え込みに座りこんだ。じりじりと肌を焼くような日から逃げて、のどに冷たいドリンクを流し込んだ。
喉を下っていくと同時に、火照った頭が冴えて行く気がした。






ずっと考えていた事がある。この世界に来てから考えて、昨日周助にそろそろ帰るんじゃないかと言われて考えた。


俺は、どうしてこの世界に来た。何か理由がってこの世界に来てしまったのだろうか。
たまたまと偶然が重なってこの世界に来てしまったのか。どこぞの神様とやらが気まぐれで飛ばしてくれたのか。



周助にも、鳳にもわからないこの俺の身に起きた事について、誰か分かるやつはいるのだろうか。












「俺をどうしたい。俺は……どうなる」








空にかざした透けて見える手は、何も答えてはくれない。








***

とあるルーキーside



ちょっと休憩してからと言って、コートを出て行った桐生先輩の背中を見送る。

先輩が練習に参加するようになってから、ずっと言っている「試合」という単語を口にすると、今日は試合をしてくれるととれる返事が返って来た。
部長とあそこまで戦えていたし、不二先輩があの猿山の大将ともなかなかいい試合をしたと言っていたから、桐生先輩は強いと思う。



でも、少し気になった。


何か分からないけど気になる。そんな感じだった。


汗を拭いたタオルを置いて、ラケットも置くと、桐生先輩の後を追うようにコートを出た。
左右を確認して見ると、ラケットとドリンクを持って肩にタオルを掛けた桐生先輩が遠くに見えた。木の陰になる植え込みに座りこんでる。


ボーとして、どこか遠いところを見ていた。

珍しいと思った。


俺の桐生先輩の第一印象は、どこかつかめない奴だった。
初対面でおちびさん呼びをされて、わざとそれを知らしめるように頭に手おかれたし。でも、その後に今日と同じように試合を申し込めば、菊丸先輩とか部長とか使ってうやむやにされたし。



桐生先輩に近づいていた足を止めた。こんなにも近づいているのに、気が付かないなんて珍しいと思った。いつも桐生先輩は早い段階で俺に気づくから。





ふと、桐生先輩が右手を日にかざすようにあげた。






「俺をどうしたい。俺は……どうなる」





その言葉とともに見えたあの透ける手は、なんだろうか。



「………桐生先輩」


「、っ」



振り向いた顔は知らない。


白い雲が透けて見えるあの手も知らない。




***



やってしまった。


見られてしまった。


誰に?


この世界の主人公に。


越前リョーマに。


何を?


手が透けているところを。


俺の手を通しての空を。




「……越前」


「なんすか、それ…」



問いかけられて言葉が詰まる。
何か言わなければ。
どうしたんだと、しらを切ればいいじゃないか。ポーカーフェイスを保て。


「っ…」


口を開けかけるが、何を言っていいのか分からなくなる。
これじゃあ、ポーカーフェイスもクソもなくなっているだろう。





「桐生せんぱーい!!次、俺と試合しましょうー!!」
「桃、何言ってるんだよー!桐生は次俺とー!」



その時、いつもと同じようにギャーギャーと騒ぎながらこちらに来る桃城と、菊丸の姿が見えた。


マズイ。



「桃城、英二、やめないか!」


「あ、桐生と越前そろそろ休憩終わるぞ」


そして、反対側の方からも、越前と桃城をたしなめながら大石と河村がやって来た。



俺は、思わず後ろに一歩下がった。
冷や汗は止まる事を知らないように流れ続け、越前は先ほどから俺の方を見詰めたまま動かない。


もし、ここで俺の事がばれたらどうする?全てを話すしか他に道はないだろう。あったとしても、それが正しい判断とは言えない。







近くまで近づいてきた事によって、俺達の異変に気が付いたのだろう。ぴたりと足を動かすのをやめ、立ち止った。



「桐生、越前何かあったのか?」


「あ、いや、なんでも無いんだ」


「何でもないってことはないですよ。汗ヤバいっすよ?」


「ほ、本当に何でもないんだ」





もう一歩後ろに。





そう思って下げた足は、何かにぶつかり、体が後ろに傾いた。





「危ない!」




大石の声が聞こえているなか、何故か俺は危なくないと思ってしまった。


木の根っこに躓いた俺は、体を後ろに倒し木にぶつかる予定だったのだろう。


だが、




「「!?」」

「なっ…!」





何かを通り抜ける感触と共に、俺が感じたのは地面の感触だった。


つい反射で両手を見つめた。
今までになかったほどに透けている。体も透けているように見えなくもない。
いや、透けているのだろう。現に、俺の体をぶつかるはずだった木をすり抜けてしまったのだから。


その場に居る全員が茫然とする中、俺はうつむいて両手を固く握った。



















話そう、俺の事を。

















全てを話した。



俺の事を。












ある日気が付いたら周助の部屋に居て、とある条件をもとに居候をさせてもらい、俺自身がテニス部だったことから、消えるまで―帰るその時まで部活に参加させてもらった。と、

そして、



帰る時が近いとも






「黙ってて、騙していて悪いと思ってる。だけど、あと少しだけ、俺が帰るその時までここに居させてくれないだろうか」



この世界がマンガの世界だとは言わなかった。いってはいけない事だから、周助以外は知らなくていい。





「お前が、この世界の者じゃないのは分かった。だが、だからと言ってお前がこの世界の者じゃないと言うだけで、ここに居ていてはいけないなんて言うのは違う」





あの世界でいる時は、水の中に居るようで息がし辛かった。酸素がもっと欲しかった。
とにかく、もがいてもがいて、もがきまくって。それでも、いつまでも水からは出られなかった。

この世界は息がしやすい。何も気にせずにテニスが出来る事が嬉しかった。
酸素が多い事も、数日でしかいられなかったのに"仲間"だと言ってくれる事が嬉しかった。






「お前が誰であっても、お前はお前だ桐生。俺達の仲間だ」






最後の消えるその時まで俺は………


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