俺はここにいた | ナノ


  7 願いがひとつ叶うなら


きっと



こうなることは



自分が一番わかってた








「部長、お願いします!」


「ちょっと打とうぜ、斗真」


「桐生ー!アップ付き合ってくれー!」


「新技の実験台なら俺がやってやるよ、斗真」



「斗真」





名前を呼ばれて、ふと目を開ける。
すると目の前にはさらりとした茶髪が……


「あ、起きた?」
「……周助……?」


一瞬の後、一気に脳が覚醒して跳び起きる。

ヤバい、寝坊した!?

そう思って急いで時計を見る。


「って、全然大丈夫じゃねぇかよー」


部活に行くには優に余裕がある時間だった。
ホッとしてベッドに座る。


「ごめん、何かちょっと斗真が気になっちゃって」
「……気になるとは?」
「俗に言う"嫌な予感"って奴かな。でもまあ斗真に何もなくて良かった」


……何か周助の言う"嫌な予感"って超怖い。


「ごめんね起こしちゃって」
「いや、気にすんな。ゆっくり準備できるし」
「そう、なら良かった」


周助は笑って自分の部屋に帰っ行った。
残された俺はベッドメイキングを始める。


……あれ、そういえば何か懐かしい夢を見てたような……

なんだっけ?


「……まぁ、いいか」


忘れるってことはその程度の夢だったんだろう。

俺は布団を畳もうと布団の端を持とうとした。
自然にやろうとしていたその動作が、途中で止まる。


「……?」


あれ……俺、今布団掴んだよな……?
うん、掴んだ。
がっつり掴んだ。

でも何故?


俺の手は布団を掴んでいなかった。







「んー?」


にぎにぎと手を動かす。

朝の違和感は取れない。
掴んだはずの物が掴めていなかった。
ちゃんと掴んだはずなのに……


……これってもしかして何か悪い病気の予兆なんじゃ……


「桐生?」
うわっしょいん!
「しょいん?」


面白い驚き方するね、と笑う仕掛人……じゃなかった、俺に声をかけたのは大石だった。

つかマジでびっくりした。
気配感じなかったわ。


「な、何だいビッグストーン副部長大石くん」
「ははは、いい感じに動揺してるね!」
面白がってるだけなら俺は次の試合行くぞ?


まあ試合って言っても3セットだけど。
さっき2年の荒井って奴と対戦してきて3-0で勝ってきた。

今日のメニューは実践的。


「ははは、冗談だって。首を傾げていたからどうしたのかなって」
「あー……」


……大石のことだから周りに言いふらすこともないだろう。
ちょっと話してみるか。







「うーん……それは多分、原因は目か頭じゃないかな」
「マジか」


真剣に悩む大石。
良い奴だなあ……


「俺は医者じゃないから何とも言えないけど……良い医者紹介しようか?」
「おお、ちなみにどこ?」
「そうだな、大きい所だと大学病院に氷帝の忍足のお父さんがいるし、立海の柳生の内科もあるな」
「oh...」


何故テニス関係で固めるんだ大石よ。


「心配なら今日部活早退して行ってくるかい?」
「……いや、もう少し様子見るわ。ありがとな大石」
「いや、いいんだ。何かあったらすぐに言うんだぞ」
「おう」


……もしかしたら、俺がこっちの世界に来たことにも関係しているのかもしれないし。


試合のある大石に手を振って別れる。
……よし、俺も行くか。

えーと、次の試合は……


「次は僕とだよ、斗真」
「おーけーおーけーわかったから気配消して背後に立つな周助


全然気付かなかったぞオイ。
背後を取られるとは桐生斗真一生の不覚……!


武士か
「ちょっと言ってみたかっただけ」


ナチュラルに心読まれたのはスルーしておこう。


「あー!不二、斗真とやんのー?」
「うん、そうだけど?」
「ずるー!俺だって斗真とやりたかったし!」


試合が終わった様子の菊丸が来た。
相変わらず元気だなぁ。


「まあまあ、いつかは当たる機会はあるさ」
「むーそんなこと言って1回も打てないことになったらどーすんのさー!」
「だーいじょうぶだって」


ぷんすかと怒る菊丸を宥める。

そんな焦んなくてもいつかは当たるって。


「そういえば斗真いつまで青学にいんのー?」
「え、……まあ、とりあえず夏休みいっぱいはいるんじゃねぇかな?」
「ふーん?ならいつかは当たるか!」


じゃあ今日は不二に譲ってあげるにゃ!と言って颯爽と去っていく猫、じゃなかった菊丸。

……いつか、か……


「斗真?行くよ?」
「、わり、今行く」







周助との試合は2-1の僅かな差で周助の勝利。

何気に周助と試合するのは初めてだったけど、やっぱり周助のテニスは美しかった。


「やっぱり強いな、周助」
「斗真だって。久しぶりにあんなにドキドキしたよ」
「はは、そりゃどーも」


次の試合までお互い時間があったので、皆の試合を見て休憩することにした。


今試合をやっているのは……レギュラー数人と2年、1年か。
きっとこの組み合わせも乾が考えたんだろうなぁ……よくやるわ。

……そういえば、俺が部長になりたてのころ、こうやって校内で試合する時、俺は適当にくじ引きやったっけ……
おかげで1年と1年が当たったり、5試合連続になる奴が出てきたり、大変だったな。

やっぱりちゃんと考えて組まないとダメなんだよなぁ……


「斗真、スポドリ持ってきたけど飲む?」
「おぅ、ありが……」


そこまで言って、スポドリに伸ばした手が止まる。

待てよ、周助がスポドリ持ってくる?
俺の為に?


「……」
「ははは、やだなぁ中身は普通のスポドリだよ?それに斗真に乾汁効かないから面白くない」
「そうか。ならありがとう」


ホッとして受け取ろうと手を伸ばす。


その時、言葉では表現できない違和感が、俺を突き抜けた。


伸ばした手が、スポドリの容器を掴めず、空振る。


「……え……?」
「あ……」


朝の感覚が蘇った。


――まずい、周助に見られた。


冷や汗が額を伝うと同時に、俺は ふん゛っ! とよくわからない気合いを入れてスポドリをもぎ取った。

そしてごまかすように一気に飲む。


「斗真、今の――」
「ぷはー!やっぱスポドリ最高ー!」
「斗真」


がしっ と、とんでもない力の手が俺の肩に置かれた。

思わず周助を見ると、真剣な、でもどこか焦りも感じさせる表情で、俺の目を見ていた。


「……今の、何?」


この瞳に抗う方法を、俺は知らない。







「で、大石が言うには目か頭に異常があるんじゃないかって」
「……少なくとも、その可能性は0に近いと思う」
「え?」


周助に事の顛末を一通り話し終えると、周助は俺と大石の推測を真っ向から否定した。


「何で?」
「僕には斗真の手が、このドリンクの容器を通り抜けたように見えた」
「……は?」


容器を通り抜ける?

いやいや、手品じゃないんだから。
そんな器用な事俺にできるわけ……


「逆に言うと、斗真の手が消えた……と言うのは言いすぎかもしれないけど……急に存在が薄くなったって言えばいいのかな」
「……存在が、薄く……?」


どういう、ことだ……?


「……斗真、元の世界に戻りたいって言ってたよね」
「あ、ああ」


周助は、何かを確認したかのように頷くと、俺と向き合った。


「斗真。これはあくまで僕の推測の話だけど、可能性がないとは言い切れない。落ち着いて聞いてくれる?」
「お、おう」






きっと、こうなることは自分が一番わかってた。


こんな日が来るんじゃないかって、心の奥では覚悟していた。


でも所詮、それは"心の奥"の話であって。
まだ先のことじゃないかと思っていて。


覚悟をしていなかった俺は、どうすればいいのかわからず、ただ呆然としていた。



「斗真」



もし願いが一つ叶うならば、今は真っ先にこう言いたい。



「そろそろ」



もう少しだけでいい。












帰る時間が迫っているんじゃない?












ここに居させてくれ。

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