俺はここにいた | ナノ


  9 伝えたい言葉を力の限り


なあ、神様


俺はどうしてこの世界に来たんだ?


どうして元の世界に帰ろうとしてるんだ?


どうして 今 なんだ?


教えてくれよ……









ぱち、と目を開けると 体中に何か圧迫感があった。

ふと右を見るとリョーマが。
その隣に海堂、乾、大石。

左を見ると周助が。
その隣には河村、桃城、手塚。

そして、腹の上には菊丸。



ああ、そうか。
昨日こいつらに全部バレたんだっけ……

そんで いついなくなるかわかんないならずっと一緒にいる!!って菊丸が言い出したのが始まりで。
皆も着いてきて不二家にお泊り。




……俺はまだ、消えていないらしい。




「とりあえず暑いし重い……」









「何か変な感じだね、皆で部活に行くって」
「確かに!皆揃って、ってことないっすもんね」


周助の言葉に桃城が反応する。

……俺に気を使ってくれてるのか、一見いつも通りだ。


「にしてもまだ斗真がいて良かったにゃ〜」
「!こら英二!」


はぅっと菊丸が自分の口を押さえてそろそろと俺を見る。


「別に……まだ、消えるって決まったわけじゃないし」
「え!?」


皆がバッと俺を見た。


「な、何だよ……早く消えて欲しいのか?」


皆の勢いに思わずたじろぐ。


「逆に決まってんじゃないすか〜〜!!!」
「そうだにゃ!!もう斗真は一生ここに居ればいいにゃ!!!」
「はは、ありがとな」


熱弁する桃城と抱き着く菊丸を宥めると、また俺達は学校への道を歩き始めた。

わいわいと他愛のない話が飛び交う。






…… "まだ、元の世界に戻るって、決まったわけじゃない" ?







……違う。







本当は、俺は……





わかってる









不二家にできた"俺の部屋"も、皆には気付かれないように 片付けてきた。



俺のモノが、この世界に残らないように……











今日が、最後












そんな感じがするんだ。









大丈夫。


いつも通りにいけばいい。




「っしゃ!やるぞー!」
「気合い入ってるね、斗真」
「おう、周助」


今日のメニューも試合形式ということで、コートの脇でストレッチをしていると、周助が隣にやって来てストレッチを始めた。


「……斗真」
「ん?」
「……いや、何でもない」
「……そ」


もしかしたら、周助は気付いているのかもしれない。


「優しいなぁ、周助は」


俺の呟きに、周助は何も言わなかった。


「この世界で初めて会ったのがお前で良かったよ」


ああ、何か割に合わない辛気臭いこと言っちゃったかな。


「……僕だって」
「え」
「……斗真に会えて、良かったよ」
「!」


やっぱり普段しないことはしない方がいい。
倍以上になって返ってくる。


「な、何言ってんだよ!まるで俺が消えるみたいじゃねぇ、か……」


笑いながら見た周助の瞳は、真剣そのものだった。
……やっぱり、気付いてんじゃねぇかよ。

どんな顔をすればいいのかわからず悩んでいると、周助は立ち上がってコートを見た。


「僕、そんなに鈍感じゃないから」
「デ、デスヨネー」


カラカラと笑ってみるが、どうしよう。


俺、いつもどんな顔してたっけ……?


「……斗真が消えるのを黙って見てるのは、嫌 だなぁ」
「へ」


周助の呟きは風に乗り、俺の元へは届かなかった。
何て言ったの、と聞こうとすると、周助はくるっと振り返って"いつもの笑顔"で笑った。


「斗真。一人目は僕だよ」


そう言ってサービスラインに行く周助。

一人目……?あ、試合か!

周助の言い方に何かひっかかったが、気にせず俺もサービスラインについた。









結果2-1で周助の勝利。


「だぁあー昨日と同じかよ!あとちょっとだったのにー!」
「斗真」
「ん?……え?」


周助がネット向こうから名前を呼んだので顔を向けると、


「斗真!今日こそやるかんな!」
「桐生先輩ー俺じゃんけん負けて最後になっちゃったんで早くしてくださいっす」
「桐生ー休憩入れてもいいからな!」
「油断せずにいこう」


レギュラーの皆が、並んでいた。


「な……に、やってんの、お前ら……」
「何って、斗真との試合待ち!」


菊丸がブイッと俺に向かってピースしてくる。
……いやいやいや、ブイッじゃないでしょ!


「お前ら全国大会近いんだろ!俺と打ち合う暇なんて無駄だろ!?時間ないんだろ!?何で、」
「そんなの、」


リョーマが一歩前に出て帽子をくいっと上げた。


「先輩が好きだから、……先輩と試合したいからに決まってんじゃないっすか」


何で

何でそんなこと、

サラっと言うかなぁ……


「っ、……」
「あれ?斗真泣いてんのー?」
「っうっせぇ泣いてねぇよ!全員ぶっ倒してやっから早く入れ!」


最初は、"人間離れした漫画のキャラ"でしかなかったけど

たった1週間、一緒に居ただけなのに

1週間しか、経ってないのに

今じゃ俺、こいつら 大好きだ









「っはぁ、はぁ……っ、」


VS菊丸
2-1で菊丸の勝ち
見事にアクロバットな菊丸に翻弄された。

VS桃城
2-1で桃城の勝ち
パワーと緩急にやられた。

VS大石
3-0で大石の勝ち
繊細なテクニックと丁寧な試合運びにいつの間にか負けていた。

VS河村
2-1で河村の勝ち
重い打球で手が痺れてしまった。

VS乾
3-0で乾の勝ち
この1週間で俺のデータを完璧にとったようだった。

VS海堂
2-1で海堂の勝ち
粘る海堂に俺がバテてしまった。

VS手塚
3-0で手塚の勝ち
まさに"最強"……打つ手なしだった。

VSリョーマ
3-0でリョーマの勝ち
やっぱり強いな、と思った。


見事に全敗。
いっそ清々しいくらいだ。


「だ、大丈夫か桐生?スポドリもう1本いるか?」


ぜぇぜぇといつまでも息を荒らげてベンチに寝転がっている俺に、大石がスポドリを持ってきてくれた。
1本目は既に空だ。


「あぁ、いや、ありがとう、大丈夫、これ以上飲むと、吐きそう、へへ、」
「ええっそれ大丈夫なのか!?袋持ってくる!?」
「じっとしてりゃ、大丈夫、」
「9試合連続でやったくらいで貧弱っすよ桐生センパイ?」


……畜生、リョーマをどつく余裕もない。


「や、やっぱり9試合は辛かったよな?ごめんな?ごめんな?」


ふ、と目を開けて周りを見てみると、レギュラーの皆が俺を心配そうに見ていた。
……俺、今 こいつらと試合して、全敗したんだよなぁ……

でも、


「楽し、かった……ぜ」


疲れているのか表情筋が緩んで、ふにゃ、と笑う。
あー絶対変な顔したわー
ほら、皆びっくりしてんじゃねぇか恥ずかし……

そう思ってまた目を腕で隠す。


「……そんな顔できるんじゃん、斗真」
「……え、」


周助の声にまた皆をちらりと見ると、今度は皆は笑っていた。

周助はベンチの横にしゃがみ、寝転がっている俺に視線を合わせた。


「どうかな斗真。"ここ"に来て、何か変わったことはあった?」
「!」


もしかして、周助は……


「……はは、全部お見通しってか?」
「フフ、何のこと?」
「いや……」


俺はやっと整い始めた息をふっと吐いて、起き上がり 皆を見渡した。


「……変わったと思うよ、いろいろ」


テニスの試合へ挑む時の姿勢、気持ち、

仲間との付き合い方、

テニスを楽しむこと、


……もしかして 俺はこの為に"ここ"に来たのかな……?


「……ありがとう、皆」









「今日はアップルパイ出るかにゃー?不二」
「はは、どうかな。ラズベリーパイかも」
「そっちも美味しそー!!」
「……今日も泊まる気満々か」
「もちろんだにゃ!」


部活終わり。
また皆揃って不二家へ向かう。

俺は皆に気付かれないように自分の手を見た。

……今日はまだ透けたりしてないな……
もしかして、まだ もう少しここにいれるのかもしれない


「……何ニヤニヤしてるんすか気持ち悪いっす」
「つむじ押しまくるぞコラ」


ちょうどいい所にあるリョーマの頭に手を伸ばすと、リョーマはバッと頭を押さえて桃城の後ろに隠れた。

何だそれ可愛いなオイ


「おっ見ろ、夕日が綺麗だ」


大石の声に顔を上げる。


「おー……」


力強いオレンジ色で沈もうとしている夕日。

オレンジ色から青へのグラデーションの空。

こんなに綺麗な夕焼けは初めて見たかもな……
いつも部活終わりは夜だし、夕方に帰っても空なんて見ねぇし……


「――、」


ゆっくりと沈んでいく夕日が、スローモーションに見える。


「明日も晴れだな!」
「そうだな!」
「明日は桐生先輩ストレートで倒す!」
「じゃあ俺は1ポイントもあげないもんねー!」
「先輩たち、今日勝ってたのギリギリだったじゃないっすか……ねぇ桐生先輩…………先輩?」


……ああ、わかるよ

わかってる


「っ先輩、身体が……!!」
「桐生!?」
「斗真!!」


ゆっくりと、自分の手を見た。
……はは、やっぱり透けてやがる。


俺は皆に背を向け、自分の手を夕日にかざした。

うん、綺麗だ。


「せんぱ、」
「なぁ」


俺は皆に背を向けたまま、言う。


「俺、さ……最初は、"何で俺だけこんな目に合わなくちゃいけないんだ"、とか……"こんな所嫌だ、早く帰りたい"とか……そんなことばっか考えてたんだ」


気のせいか、指先から消えていっている気がする。


「でも、俺がこの世界に来たことも、ちゃんと意味があることで……"帰りたくない"って思ったこともあった。……そう思わせてくれたのは、この世界の皆のおかげだ」


くるり、と俺は振り向いて皆を見た。
……全員なんつー顔してんだよ……
俺は思わずフッと笑った。


「俺さ、皆に言いたいことあるんだ。忘れてもいいけど、心のどこかには留めておいて欲しい」


神様、俺を突然この世界に連れて来たんだから、これくらいは許してくれよ?

ひとりひとり、目を合わせながら一言一言言葉を選んで慎重に言葉を紡いだ。


「手塚。お前は相変わらずポーカーフェイスだけど、俺はお前のことわかりやすい奴だなって思ってる。部長としての苦労は、俺もわかってる。でも、こいつらを信じることを止めるなよ」
「……ああ、ありがとう、桐生」


「大石。あの時、相談にのってくれて、真剣に考えてくれて、ありがとな。お前の優しい所、これからも大事にしてくれ」
「わかった。ありがとな、桐生……!」


「菊丸。元気なのはいいが、あまり周りに迷惑かけるなよ。あと、相方の様子には気をつけて、周りを明るくしてやれ」
「うぅ、わかった、よ。ありがとう、斗真……っ!」


「乾。俺はあの乾汁は美味しいと思うけど、皆にはまずいらしいからほどほどにしてやれよ。あと、お前の努力は俺が知ってるからな」
「!……お前のデータは久々に書き込むのに忙しかったのに、残念だ。……ありがとう、桐生」


「河村。とんでもないパワーだけど、使い所考えろよ。優しすぎて気を遣いすぎも良くないぞ」
「……わかった。ありがとう桐生」


「海堂。お前は影でめちゃくちゃ努力していること、俺は知ってる。実は小動物好きなのも知ってる。だけど、伝え方には気をつけろよ」
「な、何で知ってんすか……!……でも、アドバイスあざっす、桐生先輩」


「桃城。お前は明るくていい先輩だけど、ちょっとは周りの人の気持ち考えて行動しろよ」
「えっどういう意味っすか!?……まぁ、桐生先輩の言うことだし、気をつけます。ありがとうございました!」


「周助。……朝も言ったけど、ここに来て最初に会ったのがお前で良かった。……これからの試合、辛いこともあるだろうけど、自分を信じて戦えよ」
「……うん、ありがとう、斗真」


最後、帽子を深く被っている……
この世界の主人公に向き合う。


「……リョーマ。クソ生意気なチビだけど、お前は強い。……テニスを楽しむこと、忘れないでくれ」
「……クソ生意気なチビは余計っすよ」


全員に一言ずつ言い終えてふぅ、と息をついて自分の身体を見る。
……自分でははっきりわかんねぇけど、結構消えかかってんだろうな……

ふと夕日を見ると、あと少しで沈む所だった。
急速に空が暗くなる。


「先輩」
「ん?」


リョーマの声に振り向くと、リョーマは1本のラケットを俺にズイッと差し出していた。


「俺のラケット。……先輩が持っててください」
「……いやいやいや、持って帰るのは無理じゃね……?」
「?何でっすか?」
「え……何となく?」


だって……持って帰れるならいろいろ持ってきたよ?
由美子さんのアップルパイとか?


「いいから、」


リョーマは無理矢理俺にラケットを握らせる。


「って、これお前のだろ?いいのかよ?」
「そろそろ新調したかったんで」


俺はラケットを見た。


「……ありがとう、リョーマ」


わしゃわしゃとリョーマの頭を帽子ごと撫でようとしたが、俺の手はもう自分でもわかるくらいに消えかかっていた。


「斗真〜……」
「はは、泣きすぎだ菊丸。……ああ、そうだ、白石や跡部たちにもよろしくな。"楽しかった"って伝えてくれ」


せっかくライン交換したのに、きっと帰ったら消える、よなぁ……

夕日の光が残り僅かになる。

改めて、皆を見た。


「全国大会見に行けなかったのだけが心残りだな。……ま、お前らならきっと大丈夫。……俺が言ってもなんか頼りねえけどな」
「そんなことない」


手塚が一歩、前へ出た。


「お前の言葉は、何故か安心できる。……約束しよう。全国大会優勝すると」
「!……おぅ、頑張れよ!」


目の前が霞んでいく。

それは、俺の目に溜まった涙か、もうすぐ消えるからか……
いや、そんなことはどうでもいい。

伝えなきゃ

一番、伝えたかったこの言葉を


「みんな、」


精一杯、


あいつらの心にズドンと居座れるように







「ありがとな!!!」







空が完全に暗くなる



目の前も暗くなる











斗真も
桐生も


ありがとう




















最後に、そう聞こえた気がした

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