6 楽しめそして好きになれ
跡部からの質問に周助のおかげで逃げだした俺は、テニスコートの最寄りの駅周辺に居た。いまだに心臓が煩いほどになっている。
ああいう奴には気をつけろ。何も分かっていないようで分かっている。隙を見せたら一貫の終りだ。
今のセリフちょっとカッコ良かった。
「…んで、どこ向かってんだ?」
とんでもない事を言い出した思考をシャットダウンして、隣を歩く周助に話しかけた。
「もうお昼だから何か食べようと思って。動いたからお腹すいちゃった」
「俺しか動いてないんだけど」
「え?」
「すんません」
お願いだからその黒いもやっとしたの消してください。ごめんなさい。
「お昼って言っても、この時間ピークだからどこ行ってもいっぱいだと思うぞ」
近くにあるファミレスの店内を、通りすがら見ながら言う。
正午ちょっと過ぎ、この時間は微妙に込み合うものだ。
「じゃあ、あそこに売ってるたこ焼きとかどうかな」
周助が指さした方向には、たこ焼きの屋台があった。
買っている人は結構いるが、屋台なだけあって回転が速い。
周りのテーブルにも空きが見られる。
「おー、良いんじゃね。座るところもあるみたいだからな」
「じゃあ僕は席取っておくから。斗真は、はいこれ」
「ん?」
突き出された拳に、手のひらを上に広げて差し出すと、同時にチャリンと音を立てて何か固い物が落ちた。
言わずもがなお金である。
「え゛、周助さん?このお金は??」
「 ぼ く は 席を取っているから斗真はたこ焼き買ってきてよ。二つ」
「…マジか」
「え?」
「いってきます」
俺の第六感が早くいけと命じた。
***
いやね。分かっていたんです。分かりきっていた事なんですよ、周助が人使い荒いなんてことはさ。
ため息を一つつくと、手にしたお金を持って屋台の正面に立った。
「すいません。たこ焼き二つください」
「おっちゃん。たこ焼き三つ」
「「ん?」」
屋台で一生懸命たこ焼きを焼いているおじさんに声をかけると、誰かと注文の声がかぶった。
声のした方に顔をやると、見た事のあるイケメンらが居ました。
「…あー、先注文していいぞ」
「ほんま?なんや、すまんなぁ」
「いや、気にするな」
ここで俺が注文したら、なんかいけない気がするからさ。
先におじさんに注文する彼を見た。
ミルクティー色の髪に、指からひじの手前あたりまで巻かれた包帯。テニスバッグは持っていないようだ。周助がそろそろ全国大会があると言っていたから、そのためにこちらに来ているのだろうか。
"聖書"白石蔵ノ介
その白石と一緒に居るのは、"浪速のスピードスター"ことヘタレヒヨコ忍足謙也と、二年の財前光。
普通ならここに一年ルーキーの遠山金太郎が入るんだろうが、原作どうり自分の足でここまで来ているのか姿は見えない。
白石が注文をし終えたのを見届けると、続いて俺もおじさんに注文をした。
どうやら焼き上がるのにまだ時間がかかるらしく、十分〜十五分待ってくれと言われた。
にしても、実物の白石マジでイケメンなんだな。
話しかける事も、何もすることなくただ待っていた。
……隣から来る視線はちょっと気になるけれども。
その視線の負けたように、横に顔を少しだけ向けると、バチリと効果音が付きそうなぐらいしっかりと白石と目があってしまった。
おお…気まずい。
「・・・」
「・・・」
こんな時の対処法を誰か教えてくれ。切実に。
「……なあ」
「!?…な、なんだ?」
所詮ポーカーフェイスで、何もないようにふるまっていると、白石の方から声をかけてきた。
え゛、マジで?
「自分、テニスするん?」
「は、」
白石の視線は俺が肩にかけているテニスバッグに注がれていた。さっき、周助に預けることなく買いに来た(買いに来させられた)ので、いまだに自分で持ったままだっのだ。
「まあな。てことは、お前もするのか?」
ここは聞くのがセオリーってもんで。
「おん。今東京におるのも全国大会があるからなんや」
「へー全国大会か。強いんだな、えーと…」
「ああ、俺白石蔵ノ介や」
「白石な、俺は桐生斗真」
――
―
互いに自己紹介をする、話が進む進む。いつの間にか、忍足と財前とも自己紹介してた。
それから、自分達がテニスをしているという共通点から、ずっと話をすることとなった。
ついでに、この間「なぜか周助の部屋に俺のスマホが現れる」と言う謎の事件が起きたおかげで、スマホを持っていた俺は番号・ラインなどもろもろ交換しました。
「桐生さんも部長なんすか」
「そうそう。部長やってる」
「桐生さんが部長やった方が、部長よりもやる気が出そうっすわ」
「財前なんやて!」
「変な先輩らに囲まれてるよりもましってことっすわ」
「ましってことは、あんまり良くないんだな俺も」
「もともと部活やる気なかったんに、先輩らに無理矢理やらされてるんすわ」
「それは酷いなー」
それと俺の言葉は無視なんだなー。
屋台の脇によって、三人で和気あいあいと話す。
と言っても、大体俺と財前で忍足をいじめて、それを白石が傍観しながら会話に入ってくるってところかな。
しばらく、俺以外でテニスについて話している三人を見た。
楽しそうにテニスについて話す三人は、どこか俺と違うように見えて。輝いているようにも見えた。
「なあ、白石」
聞いてみたい。
「なん?」
テニスに青春をかけているお前らに。
会ったばかりの何も知らない俺が聞くのはおかしいかもしれないけれど。
「白石はさ」
俺がいま出来ていない青春ってものをやっているお前らは
「自分にとってテニスって何だと思う」
この言葉を、どう受け止めてどう考えるのかを。
俺の突拍子の無い質問に白石は一瞬目をしばたたかせると、笑う事無く俺の言葉を受け止め、真剣に考えたようすを見せた。
「そうやなぁ、俺にとってのテニスは……
ようわからんわ」
「は、」
つい口から情けない声が出た。
「ただテニスが好きでやっとるわけやし、特に理由も何故俺に必要なんてことは関係あらへん」
「桐生さんはテニス楽しないんですか」
財前が聞いてきた。
テニスは楽しくないのか…か。
「それがさ、わかんねーんだよ。楽しくてテニスをやっているのか」
俺が二年だった頃の三年から、部活を引き継いで。部活の事も後輩の事も任されて。
「お前は弱くないんだから、これからもがんばれよ」なんて親からも周りからも言われて。その無条件で、悪意の無い言葉を掛けられるたびに、どんどん底なしの沼にはまるようだった。
「帰りたい」と言った。でも、帰ったところで、またあの重いプレッシャーを感じるんだ。この世界のように楽しくテニスが出来るだろうか。
「そんなん気にしてたらしゃーないやろ」
それまで何も言わなかった忍足が言った。
「桐生はなんでテニスやっとるん?楽しいからやっとるんちゃうんか」
俺は楽しいからやっとる!とさわやかな笑顔で忍足は言った。
ああ、と思った。本当に心からテニスが好きで、テニスを楽しんでやっているんだなと思った。
「ええか、物事は楽しんだもの勝ちや!!」
それから、最後にドヤ顔でそう言った忍足を笑った俺は悪くないと思う。うん、悪くない。
(また会えるとええな)
(…そうだな。また会えるさ)
(桐生またな)
(今夜メールでもしますわ)
(ああ)
(お帰り、やけに遅かったね)
(ただいま、そこで会った奴らと意気投合しちゃって、話しこんでた)
(ふぅーん、まあいいけど。……ねぇ何で三パックも買ってきたの)
(屋台のおじさんから、良い青春見してもらったからだと)
(?)
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