俺はここにいた | ナノ


  5 本当の心


「なあ周助、俺が元の世界に戻る方法って調べてくれてんの?」


こっちの世界に来てから初めての、部活動がない……所謂オフの日。
周助と二人だけで朝食をとっている時、俺は今まで聞くに聞けなかったことを聞いてみた。


「ああ、そんな話もあったね」
忘れてたのかよ


まさか、と周助は笑う。

この世界に来た日、俺と周助は交換条件で契約をした。
俺が"テニスの王子様"の話をする代わりに、周助は俺の衣食住の確保、テニスができる環境、そして元の世界に戻る方法を調べてくれると、そう言っていた。

今考えてもやっぱり俺の利益のが大きい気がするけど……
周助曰く、テニプリの情報は"それくらい価値あるもの"らしい。


「安心しなよ。ちゃんと調べてるからさ」


周助はいつも通りの妙に威圧感のある笑顔で言った。


「でもどうやって調べてんだよ?」
「どう、って……。……そっち系の友達に?」
そっち系?


なんとなーく予測はつくけども……


「信じられないなら会ってみる?向こうもキミに会いたがってたし」
「え、何か怖いから嫌だ」
「はは、冗談冗談」


周助は一度紅茶を一口飲んだ。
なんて優雅に紅茶飲むんだお前は貴族か。


「まあ冗談はさておき、斗真は今日予定ないでしょ?」
「……"予定ある?"って聞かないあたり、俺に予定がないこと知ってるだろ」
「さすが斗真」


そりゃあ来たばかりのこの世界で予定なんてあるわけないじゃん。
元の世界だったら部活オフの日も毎日テニスしてたけどさ、こっちの世界で部活以外でテニスできる場所なんてないだろうし。


「もし良かったら、ストテニ来ない?」
「ストテニ?」
「ストリートテニスコート。フリーでテニスできる所だよ」
「神じゃん」


何故それを早く言わない、周助よ!


「じゃあ準備できたら出発するから」
「今すぐ準備してくる」


残った紅茶をがぶ飲みして、カップをさっと洗って伏せておくと、俺は部屋のある2階への階段を駆け登ろうと助走をつけた。


「あ、斗真」
「っと、なんだよもう」


勢いを失った足はその場で足踏みを始めた。
早く、と俺はマイペースに話しかける周助に目で訴える。


「ごめんすぐ終わるから。……さっき、元の世界への戻り方を調べてるって言ったけど、根本的なことを聞いていなかったと思ってね」
「根本的なこと?」







「キミは本当に、元の世界に戻りたいの?」







勢いを完全に失った足が、動きを止めた。


元の世界。


多分、"あいつら"に出会う前の俺だったら、即答できていただろう。


……でも、今は……


今、は…………?



「……準備、してくる」


結局俺は、すぐに答えを出せなかった。





「おおー!」


パコーン、パコーン、と心地好いリズムでテニスをする音が響く。
確かここは……


「あれ?もしかして不二さん?」


見覚えある風景が何か思い出そうとしていた俺を大きな影が包む。

後ろを振り返ると、


「やあ、鳳くん」


銀色の髪に高い身長。
氷帝の鳳長太郎だ。

何か嫌な予感がしてきて、恐る恐る体を傾けて鳳の後ろを覗く。


「おい長太郎早く来いよー」
「あそこにいるの誰だ?」
「不二やないか」
「アーン?」


「……"猿山の大将"」


俺はぼそっと呟いた。





早くテニスしたい。


「こちら僕の従兄弟の桐生斗真」
「ども」
「斗真、こちら氷帝学園中等部男子テニス部のみんなだよ」
「よろしくな」


氷帝のみんなの視線が痛い。痛いよ周助。俺笑顔保ててるかな。
何で俺こんな見られてんの特に跡部に!


「テニスしたいなら彼がやってくれるから」
「お前はやんないのか?」
「全国大会近いしね。もしかしたら当たるかもしれないし」


ああ、そうか。

……つかそろそろその痛い視線外してくれませんかね氷帝のみなさん……
このままじゃ俺テニスする前に精神的ショックでイップスになりそう。


「まあ僕はあっちで鳳くんと話してるから、ちょっと打ってなよ」
「え」


じゃあ、と周助と鳳くんは去っていく。



一人にするなよおおおおおおおおおおおお!!!



え?
氷帝のメンバーの中一人頑張れって?
無理無理無理無理無理無理無理無理
とりあえず視線痛くてもうやだ周助行かないで


「よし、じゃあやるか!」


静寂を断ち切ってそう言ったのは宍戸。


「俺は氷帝3年の宍戸亮だ。よろしくな!」
「お、おう。桐生斗真だ。よろしく」


良かった、この分だと宍戸とテニス


「おい」


宍戸とテニス……


「お前。俺とやらねぇか」


氷のような二つの瞳が俺を貫く。


「ああ、こいつは部長の――」
「跡部景吾だ。コートに入れ、桐生斗真」


もう誰でもいいから助けてくれ。





結局俺様何様跡部様と試合することになりました。
つっても全国大会も近いし3球までってことで。

これアレかな、生指パッチンとか生俺様の美技に酔いなとか見れるのかな、わー貴重な体験になりそうだー

サーブが俺からということに決まって、握手をしようと手を差し出す。


「お手柔らかに頼む」
「……ハンッ」


跡部様は俺の手を一瞥してレシーブの位置へ行った。
おいおいこの手どうすりゃいいんだよ跡部様俺の勇気返せ。

ちらりと氷帝の皆さんがいらっしゃるベンチを見ると、宍戸が困った顔で手を合わせて"わりぃ"と口パクで伝えてきた。


宍戸=すごく良い奴


そんな方程式ができた瞬間だった。


俺はサーブを打つ前にボールをバウンドさせる。

……にしてもひとつわからないことがある。


何故跡部は俺に試合を持ち掛けたんだ?


俺の知る跡部なら、「ハンッこんな奴に俺様の試合相手なんて務まらねぇよ」とか言ってベンチに踏ん反り返ってそうなのに。


「……まあいいか」


考えてても仕方ない。
俺は跡部のコートの隅を睨んだ。
思えば、こっちの世界に来て試合するのは初めてだな。

ぞくり、と試合前の独特な緊張感が俺を襲う。


「よし。行くぞ!」


俺は跡部のバック側の隅を狙ってサーブを打った。

跡部はもちろん右手一本のバックハンドで軽々と返してくる。
俺のネット際に寄せつけない強烈な打球を、俺も負けじと的確にフォアハンドで打ち返す。

跡部の打球は手塚の打球と違い、"威圧感"があって、まるで俺を一歩も跡部に近付けさせない……そんな感覚がした。


その時だった。
バックボレーで返した跡部の打球がネットの最上部に当たり、コードボールとなって勢いを完全に殺された打球がコートに落ちる。

拾い上げるようにして返した俺を予測していたかのように跡部はジャンプし、俺のラケットのグリップに強烈な打球を当てた。
俺の手は一瞬で痺れ、ラケットを手から落としてしまう。

しまった、と思って跡部を見ると、跡部は待ってましたとばかりに高くジャンプし、俺のガラ空きの左サイドにスマッシュを決めた。


「――破滅への輪舞曲、か……」
「何だ、知ってんのか」
「え、あ、いや、まあ……ちょっとだけ周助から聞いてただけ」


呟きが跡部に聞こえていたらしく、 俺は慌てて弁明した。危ねぇ……
俺は落としたラケットを拾って、感覚を確かめる。
痺れはない。
不思議と恐怖心のようなものはなかった。

自然と口角が上がる。
次は、跡部のサーブだ。


「いくぞ」
「来い!」


こちら側のコートを睨む跡部の雰囲気が一瞬で変わる。
跡部は高くトスを上げ、サーブを打った。
それは俺のコートの右端に突き刺さり、俺は素早く反応して半身になった。


よし、取れる!


しかしそう思ったのもつかの間、ボールがバウンドせずそのまま地面を駆け抜けてきた。


タンホイザーサーブか……!!


確か原作では全国大会のリョーマとの試合で見せていた。
リョーマはあの時どういうふうに打ち返してたっけ、と思い出す前に、俺は一瞬浮いたボールを見逃さなかった。

地面スレスレまでラケットを落として打ち返す。


「あいつ……!」
「跡部のサーブを一発で返した……!」


跡部は気を緩めず、的確に返してくる。
……俺も反撃に出るぞ

ゆらり、とラケットを構え、振り切れる限り腕を振り切る。
打球はポールの外を回って、跡部のコートに入った。


「あれは、海堂のブーメランスネーク!?」


その後も俺はスピリットステップをしながら、スネーク、ダンクスマッシュ、レーザービームなど様々な技を出すが、跡部は簡単に返してきてしまう。
やはり跡部と言ったところか……
むやみに技を出すのを止め、俺は緩急をつけることにした。
すると、急にひんやりとした空気が頬を掠めた。


「見えるぜ……てめぇの死角がな!!」
「!」


バシィ、と一瞬でボールが俺の横を通り過ぎていった。

相手の死角を見つけてそこに打つ……"氷の世界"。
悔しいことに一歩も動けなかった。


「……全国大会前にこんなに技出していいのか?」
「そんなの俺様の勝手だ」


ここで跡部が2点先取したため、勝敗はもう決定した。


「俺様の勝ちだな」
「そうだな。負けたよ、跡部」


俺は跡部と握手しようとネット際まで寄る。
しかし跡部は寄って来ようとしない。


「……握手くらいしようぜ跡部」
「早くサービスラインにつけ」
「は?」
「……あと1球残ってるだろ。お前のサーブだ」
「!……ああ!」


跡部がもう1球、と言ってくれた。
それがたまらなく嬉しくて、俺は急いでサービスラインに戻って、サーブの準備をした。


「……よし」


一瞬誰かのサーブをやろうかと思ったが、威力が落ちるので自分の一番のサーブを力一杯打った。
また、ひんやりとした空気が頬を掠める。


……来る……!


どうすれば"氷の世界"を攻略できる?
死角を無くすか?
どうやって?
どうすれば死角を無くせる?


「!そうか……!」


俺はバックラインの外側、つまりコートの外に出て、コート全体を見渡せる位置に構えた。


「来い!」


そんな俺を見て跡部はニヤリと笑った。
バシュッ、とネットスレスレの低い打球が跡部の方から来る。
このままだとバックラインぎりぎりってとこか。

しかし俺は敢えてネット際に走った。


このボール……いける!!


身体全体の力をラケットに込め、力の限り振り抜いた。

跡部はきっと普通のボレーだと思って、構えたんだろう。


残念。そのボレーは俺の得意技。


俺の打ったボールは跡部の構えた所に吸い込まれていく。
しかしボールは跡部のバック側へと、低くバウンドしてサイドラインまで転がって行った。


「ツイストサーブのボレー版……名付けて"ツイストスピンボレー"……なんちゃって」

跡部はチッと盛大に舌打ちをしたが、 その後ずかずかとネット際にやってきて、手を差し出した。


「今のは俺の負けだ。……楽しかったぜ、桐生」


この差し出された手は、握手ということでいいんだよな……?
差し出したのが跡部だったからちょっと疑ったが、跡部の清々しい表情に、俺も自然と笑顔になってガッチリと跡部の手を握った。


「――俺も。楽しかった。ありがとう」
「ああ。――桐生、一つ聞いてもいいか」
「ん?」
「お前は……どこの中学にいる?」


ぴくり、と握手している手が反応してしまったのが自分でもわかった。


「……秘密」
「……。……なら、何故大会に出ないんだ?お前の実力ならば上位入賞するはずだが、俺はお前の名前を聞いたことがなかった。何故だ?」
「……ひ、秘密……」


ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい跡部怖い何なのこいつ
冷や汗止まんねぇ
つか手放してくれ跡部


「お疲れ斗真」
「!周助……!」


俺の救世主:周助は颯爽と現れ、さりげなく俺と跡部の間に入った。


「実はちょっと用事思い出しちゃって。一緒に来る?ここに残ってテニスしてる?」
一緒に行きます


跡部は腑に落ちない顔をしてたけど 知らない知らない。
俺はラケットバックにラケットを仕舞う。
と、そこで何故か朝の出来事が頭に浮かんだ。


「あ、そういえば周助。朝の話だけど」
「朝の話?」



"キミは本当に、元の世界に戻りたいの?"



「ああ、あの話」
「跡部と打ち合ってはっきりわかったんだ。――俺は元の世界に戻りたい」


この世界で得たものもある。
だけど、この世界は俺にとって孤独で、非現実で……逃避の世界なんだ。

俺がここに残りたいと思ったなら、それはきっと"逃避"のためだっただろう。


「そう」
「そうって……それだけかよ」
「うん。そう言うってなんとなくわかってたし」
「エスパーか」


実はそうなんだよね、と笑う周助。
うん、笑えない。


「冗談だよ。……あ、そうそう、実は朝話してたそっち系の友達って鳳くんなんだけど」
「えっ」
「残念ながら、元の世界に戻る方法はわからないって」
わかってたら逆に怖いわ
「でも――」
「うん?」




「"信じていれば、きっと奇跡は起こる"……そう言っていたよ」




信じていれば……



「……そうだな」




俺にできるのはそれだけなんだから。

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